1926年前後の柳田国男

伊藤愼吾さんの「1926年前後の柳田国男の物語・語り物研究とその反響ー「東北文学の研究」をめぐって」(『接続する柳田国男水声社 2023)を読みました。

柳田国男の『雪国の春』(1928)、『物語と語り物』(1946)、『口承文芸史考』(1947)は軍記物語の研究者にとって忘れられない著作です。聖典だった時期もある、と言ってもいいかもしれません。折口信夫上代文学寄り、神秘主義的、どちらかと言えば創作的なのに対し、柳田国男の著述は詩的な香気と情熱を含みつつ、かつフィールドワークによる説得力もあって、研究者たちをその先へと誘いました。歴史社会学派に憧れた世代の私も、思想的には異なる柳田国男の根底には共通する情感が流れていると感じて愛読しましたし、殊に義経記の研究は近年まで、『雪国の春』をベースにしていた(岡見正雄氏の、室町の京洛を語る論考が出るまで)と言えるでしょう。

本論文は柳田の論考「東北文学の研究」(「中央公論」 1926)を中心に、大正末期から昭和初期にかけて、伝承文学(口から耳に語り継がれてきた文学)、文字によって記録される以前の文学の研究が樹立される過程を辿っています。伊藤さんの文章は分かりやすく、力まず偏らず、研究史としての公正さを感じました(折々、てにをはの誤植らしき1字2字が見られるけど)。掲載先は日文研の共同研究報告書らしい。伊藤さん自身が、文学研究の地平を遠く見渡す時期に来ているな、と勝手に想像しました。

もう1篇、公益財団法人たばこ総合研究センターの助成研究報告『近世~近代前期の異類合戦物における嗜好品の受容』(2023/11)は、酒餅合戦、及び茶や煙草なども加えて、異類合戦物の新出伝本の調査を行ったレポートです。今後、面白い読み物に仕立てられる可能性がありそう。楽しみに待つことにします。