承久記絵巻

長村祥知編著『龍光院本承久記絵巻』(思文閣出版)を取り寄せました。およそ80年近く行方不明だった龍光院旧蔵の承久記絵巻6巻が、2020年に見つかり、話題になりましたが、本書は、そのカラー版影印と詞書翻刻に長村さんによる解題と論考を付して刊行したもの。美術書としての印刷ではないので、色彩はややくすんでいますが、その代わり本が軽くて扱いやすく、若手研究者でも買える価格になりました。

この絵巻はつくづく強運だと思います。承久の乱から800年の企画があちこちで立案される時期、数の多くない承久記研究者の長村さんが育っていて、軍記物語の絵画資料研究が緒に就き始めた時期に、再び世に出てきたからです。条件がみごとに揃っている。絵巻自体が世に出たかったのだ、と考えたくなります。

論考の部には、1研究展望『承久記』 2承久の乱と歴史叙述 3『平安通志』と『承久軍物語』、それに文献一覧が収載されていますが、1は雑誌「軍記と語り物」52号(2016)、2は『武者の世が始まる』(2020)所収、3は『承久の乱の構造と展開』(2019)所収論文のリメークなので、重複する文章も多い。p274,私の論文に軽く触れていますが、私は同名異書説を「継承」したわけではないし、歴史文学の方法を追究した真意を汲んで貰っていないのが悲しい気がしました。

絵巻自体は近世初期のやや遅い時期、奈良絵本が続出する頃の作と見受けました。比較すれば、同じ工房の制作にかかる絵巻・絵本が見つかるのではないでしょうか。列帖装の奈良絵本もかつてはあったらしく、白描絵巻の断簡も残っているところから、近世には承久の乱も、物語として享受されうる素材だったと想像できます。慈光寺本と流布本とを先後関係だけでなく、歴史叙述の異なる構想法として見ると面白いのです。