列伝体妖怪学前史

伊藤愼吾・氷厘亭氷泉編『列伝体 妖怪学前史』(勉誠出版 2021/11)を読みました。伊藤さんの仕事もいよいよ実を結び始めたなあ、というのが率直な第一印象です。本書の内容は、広義の「妖怪」に関する広義の「研究」史、そういう仕事をした23名の人々の略伝と、「妖怪学名彙」と題した解説11項目、その隙間を埋めるコラム7項目、妖怪学参考年表、それにたっぷりの図版などです。7人の共著になっていますが、いずれ劣らぬマニアらしく、体系的な資料収集はなされて来なかったであろうこの分野のディープな部分にまで、目配りがされています。明治以降1996年まで、列伝は物故者に限り、第一部戦前編に始まり、1965年を以て戦後を前期と後期に分けた三部構成です。

列伝中、私が多少なりとも知っている名前は井上円了柳田国男南方熊楠江馬務平野威馬雄水木しげる、渋沢竜彦の僅か6名でしたが、その中の幾人かは幼年時代に児童向け雑誌で見かけた名前でしたし、幾人かは軍記物語の生成論に関して、先達と仰いだ人たちでした。戦後の生活改革の一環に、迷信一掃運動があったことも思い出しました。近年の妖怪ブームとは別に、私たちの精神形成にとって冥の世界、冥と顕との境界への考察は欠かせぬものであることを、改めて認識した次第です。

また妖怪研究は絵画と密接に結びついていること、伝承されてきた妖怪のほかに創作もどんどん交じっていくこと、この分野は在野の研究者が多いことなどは、門外漢にも納得がいきます。ところどころ、意味のとらえにくい文章があったり、小さなミス(編集者が内校をすれば防げたのでは。例えば脱字や、文中と図版のキャプションとが食い違っている等)があったりしますが、ペーパーバック・全340頁・¥2800は、マニアならずとも手に取ってみる値打ちはあるでしょう。