丸の内

丸の内の霊園事務所に用があって出かけました。新丸ビル、丸ビルの裏へと回って行くと、鈴懸やイタヤカエデの並木が巨木になっていて、鬱蒼とした林の中のようでした。あちこちに椅子とテーブルが置いてあって、欧州の都市の一角みたいです。三々五々、遅い食事や喫茶を楽しんでいる小人数のグループが座っていました。振り向けば東京駅、林の向こうには御濠の石垣が見えます。

事務所は御濠端のビルの1室、マンションを訪問するような感じでした。傘寿を機に墓仕舞いを決心し、今どきの郵便事情では個人情報満載の書類郵送が心配なので、事務所で手続きすることにしたのです。申請は15分くらいで済みましたが、その後のやりとりに1ヶ月くらいかかるという。思わず、その間に私が死んだらどうなりますか、と訊いてしまいました。こういう案件がアナログな処理方式なのは自然でしょうが、手許には権利証明が残らないので不安です。手続き完了までは死ねないようです。

事務所を出て、少し御濠端を歩きました。公孫樹並木が薄く色づいています。子供の頃は小石川から馬場先門や和田倉門へ都電が通っていて、何の気なしにこの辺を通ったものでした。日比谷へ映画を観に行くにも、有楽町へ買い物に行くにも。今やビルの1階には外国ブランドがずらりと並び、年金生活者がとぼとぼ歩くには気後れするような街。人生の一時期、こういう場所を舞台に過ごす人もあるんだなあ、と思いました。

秋の午後は静かで穏やかでしたが、自分の住む街へ帰ってきたらほっとしました。寂しいような、重荷を下ろしたような。父の軍刀を警察へ届けた時と同じです。花屋へ寄って、母の命日のための花を買いました。竜胆、孔雀菊、鶏頭、豆菊・・・秋草の束を抱えて歩きながら、未だ明るいけど、帰ったら仏壇の前で麦酒を呑もう、と思いました。