古活字探偵10

高木浩明さんの「古活字探偵事件帖10」(「日本古書通信」10月号)を読みました。「古活字版の校正 その2」と題して、駿河版(徳川家康が元和初年に銅の活字を用いて摺らせた活字版)に携わった植字工二兵衛が関わった『三体詩素隠抄』の、表紙裏打ちに使われた『天目中峯和尚広録』の刷り反故には、該当活字が無い時に使われる■(墨格)があるが、同じ書物の同版でその箇所に「履」「践」の活字が入っているものを発見した時のことを書いています。

和本の表紙の裏打ちには、よく反故紙が使われ、それが刷り反故だったり書き損じだったりした場合、そこから得られる情報が大きな発見に繋がることが少なくありません。それゆえ書誌学の専門家は、本を傷めない程度に表紙の裏や補強に使われている紙を調べたり、そこに書かれている文字を読もうとしたりします。今回の話も、高木さんは、寛永3年(1626)9月刊行の『三体詩素隠抄』に表紙が掛けられる前に、同じ工房で寛永4年3月刊の『天目中峯和尚広録』が刷り始められていたことを推定できると述べています。

その結論が得られるまでには、和本調査に際して、一部分ならその場でデジタル撮影が認められるようになったこと、ヤフオクなどで端本が容易に入手でき、同定に使用できるようになったことなど、近年の古典籍の管理保存、流通の変化が影響していることを考えて、感無量でした。膨大な書写性本文異同を抱える長門本平家物語の伝本調査の登山口で、呆然と途方に暮れた半世紀前の自分を思い出したからです。

本紙には若山牧水徳田秋声丸山薫中原中也らの逸話や、ほるぷの月賦販売のこと、また昭和初期の本の表紙の写真など、両親の書棚で見かけた情報が満載され、ふと実家に帰ったような気分になりました。