見当たり捜査

新聞で「見当たり捜査」という、見慣れない語を見つけました。防犯カメラやAIが発達したこの時代に、記憶した容疑者の顔を群集の中から見つけ出す、アナログの権化のような捜査方法が今もあり、その専門家もいるのだそうです。警視庁捜査共助課という部署の所属だそうで、終日人混みの中に立って、予め記憶した顔や体格を頼りに容疑者を捜す、というのです。常時500人分の写真を持ち歩き、暇さえあればそれを見て覚えるという。江戸の目明かしの話じゃないか、と思ってしまいました。

名古屋でマンションを買った時の、担当営業マンを思い出しました。なるべく地元の不動産屋を使うのがコツなのですが、いろいろあって結局、東京で地元だった東急不動産の名古屋の支店に入り、数日経ってまた入ったら、若い営業マンが躊躇なく話の続きをしたので、よく覚えていたね、と言ったら、自分は人の顔を覚える特殊能力があって、地下街ですれ違っただけで覚えてしまい、不要な記憶を消すのに苦労するのだと言うのです。東工大の出身だそうでしたが、きちんとした仕事ぶりでした。

我が家では父を始めとして人の顔を覚えるのが下手で、私も30代、高校教諭だった間はその年教えた生徒の顔と名前を大体覚えましたが、大学教師になったら(全員を覚えなくてはいけないという気がなくなったのか)、関わりのある学生しか覚えられなくなりました。父と道を歩くと、声を掛けられて数分立ち話をし、別れた後、誰?と訊くと、いやあ誰だったかな、と言うことがよくありました。人の顔を覚える能力は一種の特殊技能で、極端に優れている人はギフテッドなのだと、後年になって知りました。

もともとその才能の無い私には、マスクをしたままでは殆ど顔が見分けられません。殊に女の顔は口元で見分けてきたようです。私が挨拶しなくても、どうかお許しを。