幼年時代の読み物

子供の頃読んだ本を思い出してみると、まずは従姉たちのお下がりでした。戦後の物の無い時代、本は贅沢品だったのです。日比谷公園のチューリップ花壇、南方へ飛ぶ飛行機などの絵本を覚えていますが、父が詞章を一部切り取ったことがあります。絵には椰子の木と浅黒い肌の少年少女と、日章旗が描かれていました。講談社の「幼年クラブ」を購読していましたが、山川惣治高垣眸の冒険小説、高畠華宵の挿絵などが記憶に残っています。山川惣治の「海のサブ―」を愛読しましたが、ふり返ってみると、あの当時、南方を舞台にした冒険小説が多かったのは、敗れた大戦の残映だったのではないでしょうか。

茅ヶ崎に住んでいましたが、本屋が御用聞きに来て、寝たきりだった私が注文する本も持って来てくれました。ある時、いかにも古びた本を届けてきたことがありましたが、いま思うと、絶版になっていた本を東京の古書店まで探しに行ってくれたのかも知れません。大島正満や八杉龍一、野尻抱影の著書、講談社の世界名作全集も取り寄せました。最も愛読した赤と白と金の装幀の世界の名作叢書の名は何だったか。岩波の少年文庫は、父が選んで買ってきた「バンビ」、それから砂漠を漂浪して生き延びる少年の話(題名を思い出せない)などを読みました。父は勤め帰りに何かしら買ってきてくれましたが、清水崑の『聊齋志異』などは彼の好みで、子供には向きませんでした。

講談社の叢書で印象に残ったのは「アグニの神」、後年、芥川龍之介作だったと知りました。起きられるようになると両親の書棚を物色、読めそうな本を借り出しました。初めて自分で書店で買った本は、アンデルセンの『絵のない絵本』の文庫本。紙も悪く印刷もかすれていますが、今でもとってあります。いつまで「幼年クラブ」なんだと言われたのをきっかけに、雑誌は止めました。少女雑誌は性(しょう)に合わない、と思ったのです。