南方熊楠と猫

伊藤慎吾・杉山和也・志村真幸・岸本昌也編『熊楠と猫』(株式会社共和国)という本が出ました。伝説の博物学南方熊楠と猫との関係を、彼の絵、俳句、書簡、そして再発見された論考をもとに綴る、コンパクトな本です。

私が南方熊楠について知っているのは、子供の頃親から与えられた、大島正満の『動物物語』が最初の基礎知識で、その後あれこれと付加されてきた知見によるものです。変人奇人、それでいて国際的に通用する偉大な博物学者であり、粘菌の研究を通じて昭和天皇がその死後を偲ぶほどの交流を持ち、また神社の杜を守る環境保護運動の先駆者でもあった。私には、粘菌という不可思議な存在を知るきっかけとなり、その後これがそうか、という目撃体験を経て、強烈な印象を保っています。

この本は、どういう読者を想定しているのでしょうか。最近再発見された熊楠の文章3編(論文「猫一疋の力に憑って大富となりし人の話」の続考)の紹介に、あれこれ付け足したものと見受けました。感心したのは熊楠の画です。博物学者や医者は絵が描けないといけないのでしょうが、さらりと筆で描いた線の巧みさ、温かさが魅力的。

明治大正期の庶民と犬猫の関係は、現代のペットとはほど遠いでしょう。犬は飼うもの、野良犬は怖ろしい。猫は一定のエリアの家々を渡り歩き、半分野良、半分家付き、なつくかどうかは向こうから決めてくる。昭和中期、私が湘南地方で育った頃はそれが当たり前でした。常時、3~4匹の猫が庭を出たり入ったりし、祖母が台所口に出しておく残飯をいつの間にか平らげ、時には鼠を捕って得意そうに見せに来たりしました。野良猫同士が親子のようになることもありました。庭で死んだ仔猫を櫟の木の下に埋めながら、福岡の農村で育った祖母は、猫は、ほんとは十字路に埋めて絶えず人に踏まれるようにしないと化けて出る、と言っていました。