江戸の花道

佐谷真木人さんの『江戸の花道―西鶴芭蕉近松と読む軍記物語』(慶應義塾大学出版会)を読みました。「近世社会の時間・空間認識が軍記物語を基軸にしたものであった」ことを、近世の芸能を中心に検証しようとした論。学術論文集というよりエッセイのような味わいの、ふつうに文学愛好者が手に取って楽しめる本です。判の大きさ、厚さもちょうどよく(但しそのため字が小さくて、老人には些かつらい)、装幀も華やかです。

内容は、はじめに 1西鶴の義理批判(武家義理物語と幸若) 2芭蕉の名所革命(奥の細道平家物語義経記) 3松尾芭蕉木曽義仲奥の細道平家物語) 4近松浄瑠璃と『平家物語』(佐々木大鑑) 5『義経千本桜』と『平家物語評判秘伝抄』 6新田義貞の兜は何を意味しているのか(仮名手本忠臣蔵太平記) 7反転する敵討(鶴屋南北東海道四谷怪談) 8生命と貨幣(三人吉三郭初買と曽我物語) 9和歌から物語へ(浅茅が宿兼好法師集) 10『平家物語』伝承の近世と近代(小敦盛) おわりに という構成になっており、1995年から2018年までの原稿と書き下ろしとを併せて1冊にしていますが、テーマも方法もほぼ一貫してまとまっています。

私もかつては近世文学を授業で担当していたので、ここに取り上げられた作家や作品には見覚えがあり、論旨には大方、共感を持って読みました。6の仮名手本忠臣蔵の構想を読み解く手際や、7・8の貨幣社会がもたらした意味の分析、2・3で述べられる、芭蕉の旅が時代の好尚に合って名紀行文が残った指摘などに導かれて、改めて作品の魅力を確かめ直したい気持ちになります。読者はどの章から読んでもいいが、「はじめに」だけは最初に読んでおいた方がよい。単なる典拠、享受の研究ではなく、作品の表現形成過程の考察、そして文学史への入り口だということが分かります。