源平の人々に出会う旅 第75回「奈良県・長谷寺」

 『平家物語』では、壇の浦の合戦(元暦2年(1185))で平家が亡んだあと、維盛の遺児六代御前の物語(第49回「高雄・六代と文覚参照)が記されますが、この物語は長谷寺の観音信仰と密接な関わりがあります。

長谷寺
 維盛の北の方(藤原成親の娘)は都の北部に隠れ住んでいましたが、北条時政の知るところとなり、12歳の六代が捕らわれてしまいます。北の方は「この数年、長谷観音を深く信仰していたのに」と嘆き悲しみます。


長谷寺登廊】
 六代は鎌倉へ連行される途中、千本松原(静岡県沼津市)で斬首されるところを、文覚の尽力により許されて都へ戻ります。北の方は長谷寺に参籠中でしたが、六代の無事を聞いて喜びます。覚一本『平家物語』は、観音の大慈大悲は有り難いことであるとして、長谷観音の霊験によって六代が救われたのだとしています。

 

長谷寺五重塔
 『源平盛衰記』では、六代を救った文覚は、両親が「長谷寺ノ観音ニ詣テ七箇日祈」って授かった子であるとしています。また、六代の安否を心配する北の方の夢の中で、六代が白馬に乗って現れたともあって(白馬は観音の化身とされる)、他の諸本よりも観音信仰の影響が顕著です。


〈交通〉
近鉄大阪線長谷寺駅
     (伊藤悦子)