源平の人々に出会う旅 第80回「熊谷市・熊谷直実」

 『平家物語』の名場面の一つに「敦盛最期」(巻九)があります。寿永3年(1184)、一の谷の戦いにおいて、美しい若武者平敦盛熊谷直実が涙ながらに討ち取る場面は、人々の胸を打つものでした。

熊谷直実像】
 直実は埼玉県熊谷市の出身とされ、熊谷駅前には挙扇の熊谷直実像が建っています。海上へ逃れる敦盛を、直実は扇で招き返したものの、敦盛の姿が我が子直家と重なってしまい、心ならず首を取ったのです。『平家物語』は、これによって直実は出家の思いが強くなったとしています。


【蓮生山熊谷寺(ゆうこくじ)】
 直実は出家して蓮生と名乗り、法然の弟子になったことが『法然上人絵伝』などに記されています。熊谷市内にある蓮生山熊谷寺は、直実が居住地内に草庵を結んだのが前身とされ、境内には蓮生の墓と敦盛の供養塔があります。

 

【伊奈利神社(弥三左衛門稲荷)】
 熊谷寺に近接する伊奈利神社には、以下のような由緒が伝えられています。
 直実は合戦中に幾度も、弥三左衛門という武者に助けられます。不思議に思った直実が弥三左衛門に素性を問うと、直実が信仰している稲荷明神の化身であると答えて姿を消してしまいます。そこで直実は熊谷寺内に稲荷を祀り、居城の鎮守としました。それゆえ弥三左衛門稲荷と呼ばれるようになったということです。


〈交通〉
JR高崎線秩父鉄道熊谷駅
        (伊藤悦子)