大島本源氏物語再検討

佐々木孝浩さんの論文「「大島本源氏物語」の再検討ー新発見の定家監督書写本「若紫」帖との比較を中心としてー」(「斯道文庫論集」55)を読みました。複雑な問題を丁寧に説明した長い論文ですが、分かりやすい。近代国文学における本文研究のバイブルともいうべき池田亀鑑『源氏物語大成』の大島本評価に関する誤りを、今なお旧套墨守する学説に対しての反論を述べ、新出の写本「若紫」帖を大島本と比較して、その来歴に迫り、正しい評価を求めようとしています。

佐々木さんは、大島本は飛鳥井雅康筆ではなく、室町後期の写本19冊に、永禄6年(1563)頃に大勢の手で34冊を補写した吉見正賴旧蔵本であること、飛鳥井雅康筆の根拠とされた「関屋」冊の奥書は本奥書であって、全冊に関わるものではないことをすでに述べてきたのですが、さらに2019年発見された大河内元冬氏蔵「若紫」帖(定家監督書写本)について、ツレとみられる既知の4本と併せて検討しています。

そして『源義弁引抄』という資料を再検討し、一華堂乗阿が周防国守の許で見たという源氏物語はこの定家監督書写本だったのではないか、そうだとすると足利将軍家所蔵の源氏物語が大内家に伝わり、義隆の許にあったことになる、と推測しました。そのほか朱書や貼紙、合点、校正の時期など、写本の状態を具に調べて考察しています。

源氏物語本文研究の詳細は知りませんが、書写の態様など客観的事実に基づく推定の経緯は、私も源平盛衰記写本調査で似たような経験をしましたし、佐々木さんは旧国宝本長門本平家物語大内氏との関係を主張する、故石田拓也さんの説もある)や、近衛本源平盛衰記の一部の筆蹟が大島本に似ているとの感想を漏らしたこともあって、全くの他人事とは思えません。書誌学は奥が深く、有力な武器にもなるが、恐い分野です。