芳賀矢一

佐々木孝浩さんの『芳賀矢一 「国文学」の誕生』(岩波書店 2021/12)を読みました。「近代「国文学」の肖像」と題するシリーズの第1巻、最終刊です。芳賀矢一(1867-1927)は福井藩士の家に生まれ、父は国学者。矢一は明治32年(1898)に東京帝国大学助教授となり、34年にはドイツに留学、大正7年(1918)、國學院大學初代学長に就任、この間『国文学読本』、『文学者年表』『国文学史十講』『国学史概論』『攷証今昔物語集』など講義録を含めて次々に刊行しました。「国学」「文献学」などの語で捉える学の範囲、方法、理念を説き、近代国文学開祖の1人に数えられます。

人文学が未分化だったと同時に総合的でもあった時代の彼の学問範囲は壮大で、佐々木さんは自らの専門である書誌学に視座を定め、「佐々木らしい芳賀矢一論」を目指して、矢一の著述と文字通り格闘しています。しかし無理な背伸びや政治的論評がないだけ素直に読むことができ、私は大いに蒙を啓かれました。

本書は略伝、1国文学史確立への道程、2「日本文献学」とドイツ留学の後先、3「日本文献学」の正体、まとめに代えて、の5章で構成されています。佐々木さんが辿り着いたのは、矢一の構想が全的に受け継がれることはなく、ダウンサイジングしていき、佐佐木信綱と池田亀鑑によって限定され、今日の「文献学」へと変貌した過程でした。

我が家にも『国文学史十講』『攷証今昔物語集』などがありましたし、本書に登場する国文学者の中には謦咳に接した方々もあり、学の伝統が受け継がれていく事業を目の当たりにしてもきました。体系や理論に填め込まれるのがどうも性に合わない(不勉強の言い訳に過ぎないかも)ので、今まで学問史には深入りしてこなかったのですが、やはりわきまえておくべきこと、脚下照顧の機縁にすべきことと痛感した次第です。