私家集

蔵中さやかさんの「岩崎美隆旧蔵私家集の検討ー関西大学岩崎美隆文庫本『恵慶集』を起点として-」(関西大学国文学」104号)を読みました。私は全く門外漢ですが、和歌史研究会が総力を挙げて刊行した『私家集大成』は、営々と購入、今も書庫の奥で眠っています。大学院時代、同期や上級生にあらゆる分野の人がいて、軍記物語だけに閉じ籠もることが出来なかったことに、今となっては感謝すべきなのでしょう。

岩崎美隆(1804-1847)は河内の庄屋で国学を学び、市井の博学の人だったと紹介されています。近世後期には島崎藤村『夜明け前』に見るように、そういう文化人が各地にいて、しばしばその蔵書が残されていますが、彼らの周辺で培われた文化、教養は侮るべからざるものでした。岩崎美隆の蔵書は市場へも流出したようですが、関西大学図書館には、約280点が所蔵されているそうです。

蔵中さんはその中から写本『恵慶集』を取り上げ、その書誌や本文異同を検討し、元来は、谷山茂所蔵の9冊の私家集(為賴集・道明法師集・大中臣輔親集・相模集・行宗集・忠盛集・風情集・林下集。馬内侍集は現存不明)と共に、寛文期に書写された一群のものであったろう、と推測しています。歌の家であった冷泉家所蔵の諸資料の影響の大きさが知られるにつれ、それとは別系統の本文の追究も必要になってきた今日、本書の意義は大きい、と主張しています。

久しぶりに『私家集大成』を引っ張り出しました。『平家物語』の成立、流動を考えるにはその時代の文化的雰囲気を知っておく必要がある。中世人たちには現代の「ジャンル意識」などなかったからです。蔵中さんにも先を急がず、作者や作品の在りし時代を、全体として感じながら歩いて行って欲しいと思います。