注釈・考証・読解の方法

白石良夫さんの『注釈・考証・読解の方法ー国語国文学的思考』(文学通信 2019)を読みました。天動説は滅びないーまえがきにかえて、第1部古典注釈を考えるーある誤脱の歴史、第2部武家説話の読み方ー室鳩巣の和文、第3部伝説考証の読み方ー『公益俗説弁』の世界。第4部典籍解題を考えるーモノを伝える、附シーラカンスの年齢、という構成になっていますが、初めて読むなら、まず「天動説は滅びない」と「シーラカンスの年齢」から読むことをお奨めします。

本の造りも、文章も(分量的にも、分かりやすさからも)、手に持ちながら読める286頁(表紙もこの版元にしては温順しく、内容に相応しく出来ています)。まえがきによれば、江戸の作品は江戸の作者(あるいは読者)の世界で読むべきで、例えばコペルニクス以前の人類の知恵を読むには、現代の科学はノイズになる、というのが白石さんの方針だそうで、本書はそれを具体的に実践しようとしています。

第1部では、『源氏物語』と『徒然草』に見える「おごめく」という語は、「おこめく=おこ+めく」に誤って濁符を打ったことから生じた架空の古典語であることを論証。第2部では、儒学者室鳩巣の著作とされる『鳩巣小説』『駿台雑話』『明君家訓』相互の関係と成立の経緯を考証。第3部は考証随筆『公益俗説弁』の、近世の読書界における位置を考察。第4部は、典籍解題作成のあり方や、校訂本文作成は注釈作業に裏付けられたものでなければならないことを説きます。どれも面白く、分かりやすい文章で、新指導要領の「論理国語」の教材は、本書から採って欲しいと思いました。

私が最も共鳴したのは、附篇にある「モノを具体的なモノとして把握する目を」失うな、つまり書誌学と文献学とを混同するな、という言でした。