文学と歴史と音楽と

磯水絵さんの『文学と歴史と音楽と』(和泉書院)という本が出ました。名実共に大著です。索引を付して全866頁。1日本中世音楽史 2鴨長明の音楽世界 3鎌倉時代の説話 という3部構成になっていて、それぞれ章が立てられ、コラムが数編差し込まれています。2004年から2020年までに書かれた文章の再録です。中でも圧巻はやはり第1編でしょう。すでに『『源氏物語』時代の音楽研究』(笠間書院 2008)、『大江匡房』(勉誠出版 2010)などの単著があり、それらと重なっているところもありますが、本書に収録された文章だけでもそのボリューム感(質・量共に)を満喫できます。第2編は方丈記成立800年に因んだものが中心ですが、長明研究史の1つの峰と言えるでしょう。第3編は楽しく語られたものが多い。

磯さんは私よりも7歳若いのですが、早くから目立つ存在でした。ご主人と仲よく手を繋いで学会に現れ、故和田英道さんは、ああいうのをイソイソと言うんです、とギャグを飛ばしていましたっけ。貴志正造氏の秘蔵っ子、二松学舎大学のスターでした。私の記憶に残る逸話だけでも、十指に余るほどあります。初めて口を利いたのは、国文学研究資料館の文献調査員で東京芸大担当を一緒に命じられた(語り物が専門の村上学さんも一緒で、私は平曲関係の文献担当でした)時でしたが、年齢相応にお付き合い頂けるようになったのは、その後何年も経ってからのことでした。

磯さんの強みは漢文に堪能であること、そして自信に満ちた堂々たる書きっぷりです。音楽説話研究という分野を確立し、大学でも学会でも活躍し、弟子たちも育ち、子育ても終わり、大業を成し終えたと言ってもいい境地でしょう。最近は大病に罹り、お弟子さんが本書の送り状を書いていますが、ご自愛を祈ります。