回想的長門本平家物語研究史(14)

國學院雑誌に巻頭論文を書くよう求められた時、院生時代に全国を歩いて採り溜めた所在情報・書誌情報を、このまま埋もれさせてしまうわけにはいかない、また長門本の研究といえば依然として翻刻本文による管理者考か説話研究ばかりという状況も放っては置けない、と思いました。そこで、紐で括ってしまってあった長門本調査ノートを引っ張り出し、どうすれば七十数点にも上る伝本を分類できるかを考えました。

何しろ書誌学は半年にも満たない講義(学部3年次に伊地知鉄男氏が講師で見え、国立大学では初めて設けられた講座、と聞かされました)を受けただけ、蔵書印や大名本の知識も殆どないままの調査メモです。写真撮影もしていません。巻によっての脱文や識語のある本同士は、大まかにも関係を想定することができ、『平家物語論究』(1985 明治書院)にはそこまでは分類しました。幸い、20巻の中、ある4巻を決めて冒頭の1面を字配りも含めて書写しておいたので、それを見比べ、調査時の記憶を反芻しているうちに、大きく2種類に分けられそうだと気づきました。即ち、藩などの公的機関が書写させた本と、民間人の関心によって私的に写された本とです。前者は筆跡も装幀も雄渾なものが多く、後者には識語や書き入れ、抄略の跡がある場合がある。

詳細は拙稿「長門本現象をどうとらえるか」(『軍記物語原論』2-4 2008 笠間書院 初出2006)を参照して下さい。その後の調査結果は『海王宮』(2005 三弥井書店)に7点、科研報告書『「文化現象としての源平盛衰記」研究』(私家版 2013)に2点(耶馬溪文庫蔵・鈴木孝庸氏像)掲載、さらに大谷貞德さんが新たに1点(澤宣嘉旧蔵)報告しています(2019)。中には公的と私的の中間くらいの伝本もあるようです。

なお個人蔵や地方の特殊文庫には、未調査の本がまだあるかもしれません。