月蝕の夜

昨夜はスーパームーンの月蝕。8時過ぎがピーク、ということで、ヘリが上空を飛び回っています。夕食を済ませて南東の空を見上げましたが、何も見えません。ちぎれ雲が見えるので、晴れてはいるらしいのですが、もしやちょうど階上に当たって見えないのかと、鍵を掴んで外へ出てみました。ざわざわと子供連れ、若い夫婦が歩いている。ビルの切れ目から空が見える駐車場や、墓地まで行ってみましたが、やはり空には何もない。

スマホ片手に集まっていた人たちも落胆したようで、三々五々帰り始めました。若い父親が尤もらしく、出てはいるんだろうけど低すぎて、ビルの陰で見えないんだ、と解説していましたが、いや、満月は、いつも我が家の東向きの窓から昇ってくるのが見えます。帰宅し、洗い物を片付けてふと窓外に目をやると、何か光源が見える。蝕から戻り始めた月です。階下では、しきりにフラッシュを焚いていました。

いつも新聞を読む位置に椅子を引き寄せて座ると、ちょうどいい位置に月がある。さっきは皆既のピークで、光がなかっただけ、みんな、トマトのように赤く染まった円盤をイメージして空を探したのに、輪郭がぼやけた、不思議な光源が宙に架かっているのでした。朧なのは黄砂のせいだったのでしょうか。

これはやっぱり月見酒、と冷やした上善如水とワイングラスを持ってきました。最初はスモークチーズをつまみにしましたが、冷蔵庫にフランボワーズがあるのを思い出し、硝子の小鉢に盛って、しみじみ杯を傾けました。ふと、漢詩を作れるといいのになあ、と生まれて初めて思いました。亡くなった人たち、去ってきた土地、いま離れようとしている人と事・・・自分も変わり、ひとも変わる。月を見れば想いはやすやすと、空間と時間とを超えます。口の端に浮かんできたのは、「二千里外故人の心」でした。