八重葎

神野藤昭夫さんの『八重葎 別本八重葎』(笠間書院 中世王朝物語全集13)が出ました。校訂・訳注とありますが、実際は書名に「本文と研究」とでも付け加えておくべき本です。補注にも解題にも、この2つの作品の最新研究が、びっしり書き込まれているからです。ある意味では全集の様式を無視しているとも言えますが、書きたいことは書かずにおくものかという、著者の意気込みと自由闊達さが満載です。

それゆえ500頁にも及ぶ大著ですが、造本を工夫したらしくあまり重くない。紙は良質ですが、手に取って読むのに抵抗が少なく感じられます。

所収の2作品は、偶々作品名が似てはいますが全く別の作品です。両者とも昭和初期に発見されました。『八重葎』は『源氏物語』の末摘花譚や『狭衣物語』中の飛鳥井女君譚を下敷に持つ、南北朝期の作です。『別本八重葎』は、『源氏物語』「蓬生」の株分けを装った怪異物語で、南北朝から室町の作、あるいは近世の偽作説もある孤本です。こうして並べてみると、改めて『源氏物語』の日本文学史を覆う影の大きさと共に、中世文学の幅の広さに感心せずにはいられません。

平家物語を初め軍記物語の研究では、本文流動の問題を特別視していますが、一方では歴史評論などの歴史叙述、一方では作り物語の本文異同のあり方もまた、大きな問題です。ジャンルや時代が異なると、お互いにまるで無知無関心、というのが現状ですが、じつは共通する問題があるのでは。汎諸本論を、新たに展開する必要があるでしょう。