水戸便り・サクラサク篇

40年近く前の教え子が水戸に住んでいて、ケータイで撮ったらしい写メールを送ってきました。一人娘が一浪して自治医科大学に入った、との知らせです。

サクラサク校舎

国産ロケットの打ち上げ見物や、ボーイスカウト(女の子も入れるらしい)や、防衛大学オープンキャンパスや、米国のNASA見学など、様々な体験をさせて育てたためか、自分の希望を枉げずに、しかし真の目的を見極めるのにちょっと遠回りをした、という2年間。親にとっては一際めでたいサクラサクだったらしい。

自治医科大学

来賓トップの挨拶が、総務大臣(審議官代読)だったのに吃驚した、とメールにあるので、ウェブで調べると、1970年に自治相が地域医療、殊に僻地医療のために設置を言い出したのだそうで、各都道府県別に入学定員枠が決まっており、卒業後9年間は本人の出身地域・現住所、保護者の現住所のどれかで研修を受け、公立病院に勤務する義務(学費免除の条件)があるらしい。総合医をめざすため臨床実習を重視したカリキュラムを組んでいるという。医学部と看護学部があるようで、あの尾身茂さんもここの出なんですね。HPによればこの3月、医師国家試験の合格率は驚異の100%。

宇都宮大学に勤めた3年間、森林のようなキャンパスの隣を新幹線で走り抜けて通っていたので、何となく親しみを感じていたのですが、公設民営大学という制度を初めて認識しました。さらに驚いたのが校歌の一節ーあの所在地は、何と7世紀の下野薬師寺ゆかりの地だったのです。下野薬師寺天武天皇創建と言われ、奈良東大寺、筑紫観世音寺と並んで、僧侶の資格を出す戒壇のあった寺院でした。

「入学式に出てみて、新入生は、眼力(めぢから)のある子が多い印象を受けた」ともメールにありました。全寮制だそうで、さて親が、早めの子離れを遂げられるか。

大和便り・三春滝桜篇

天気予報では今日が東京の桜満開日。しかし我が家の近辺では二,三分咲きです。長泉寺へ行ってみたら、境内では山桜が満開になり、どこにこんなにいたのかと思うほど沢山の蜜蜂が花の中を忙しく飛び回っています。老人2人がスマホ撮影して去り、プードルを連れた女性が愛犬を座らせて撮影(今どきのペットは、ちゃんと写真の構図に収まるように座る)していました。この山桜は空襲に焼け残った老木です。区の樹木医が派遣されたのですが、樹勢の衰えは明らかで、若木が2本、新たに植えられました。

和文華館の三春滝桜

高木浩明さんから、大和文華館に調査に行ってきた、と写メールが来ていました。
三春滝桜は、日本三大桜の一つで、国の天然記念物。室町時代の画僧雪村の研究者で、大和文華館の学芸員であった林進氏が、雪村が晩年を過ごした福島県の三春町から若木を譲り受け、移植されたものだそうです。】 あまりの見事さに唸りました。

【息子も大学が決まり、今日は妻が息子の城作りの手伝いに、新しく借りたマンションに行っています。奈良の家には私と、自分を人間だと思っている犬1匹が残されました(高木浩明)】。

犬は集団生活をする動物で、自分が序列最下位だと生きていけないので、家族の中でビリから2番目(以上)だと思い込むのだそうです。それゆえ末っ子とは仲が悪いことが多いと何かで読んだ覚えがあります。昔、大学職員から娘が犬を飼いたがって困る、という話をされたので、この話をしたところ、翌日「娘に、あんた、犬の下になるけどいい?と訊いたらいいと言うので飼いました」との報告がありました。

餌を呉れる主婦は犬にとって最高位のボス。すると高木家では今後、浩明さんの序列は最下位になるわけでしょうか。

川越便り・羽根布団篇

暫く別府で悠々老後を満喫していた友人が、川越に戻って庭の手入れをしている、というメールを送ってきました。早春を告げる、可憐な草花を植えた庭なのに、眺める主が留守で荒れていくのは想像するだけで寂しい、と言ってやったら、むっとしたようで、ちゃんと草取りをしている、と書いてありました。花は自らの種の保存のために咲くのでしょうが、やはり見てくれる者がいなくては可哀想。

葡萄ムスカリと牡丹の芽生え

赫く見えているのは牡丹の芽生えだそうです。我が家では、今年はムスカリは不作。例年なら20株は咲くのに、今年は6、7株しか咲きませんでした。去年、球根を掘り上げるのが早すぎたようです。遅いと梅雨にかかって十分乾燥させられず、貯蔵している間に全部腐らせたことがあって、懲りたのです。今年は掘り上げに配慮しなくっちゃ。

ニゲラの芽

彼の花壇にはいま、ラナンキュラスやノースポール、アネモネなど春色の花が咲き誇っているらしい。ニゲラも育っている、とのこと。去年、彼から送られた川原撫子やニゲラの種子を我が家でも播いておいたのですが、ニゲラは冬の間に発芽したもののひょろひょろで、茎が太くなるのを待っています。人参の葉に似ていて、「おまえうまそうだな」と言いたくなるようなみずみずしさです。我が家ではいまビオラが爆発するように咲き乱れ、菊の芽がぐんぐん伸び、素馨花の紅色の蕾が目立ってきました。

ブログに未だに「重い冬の掛布団」を使っているとあるのを見て、ああ昭和の人だなあ、と思ったとメールにあり、今どきは冬でも軽い羽根布団を重ねて使えば快適、と言ってきたので、心中、オトコは能天気だなあと思いました。今どき都内では、布団を処分するのはたいへんなんだ(粗大ゴミの申し込みから始まって・・・)、使える物は使えなくなるまで使うのがたしなみ。

古活字探偵15

高木浩明さんの「古活字探偵事件帖15」(「日本古書通信」1136号)を読みました。「徳富蘇峰と池上幸二郎」と題して、次回と連続の話題らしい。今回の話題は、蔵書家の独特の感覚で、取り合わせ本が新たに作り出される例です。

お茶の水と水道橋とを繋ぐ坂の途中に、徳富蘇峰の旧蔵書を所蔵する成簣堂文庫があります。かつてのお茶の水図書館ー女性雑誌や女性問題関係の図書館が今は石川武美記念図書館となって、この文庫の管理運営にも当たっています。以前はよく、お茶の水女子大学と関係があるかのように誤解されて、卒業生なら自由に閲覧できる、もしくは女性しか利用できないと思っている人もいましたが、財団法人です。古活字版研究の泰斗川瀬一馬氏が整理されたので、その仕事の具体的な形跡が見出されることもあり、蘇峰の蒐集方針や蔵書に関する見解を知ると共に、貴重な書誌学体験に出会えます。

今回高木さんが注目したのは、『句解南華真経』と題する『荘子』の注釈書。本来は10巻10冊が完本ですが、成簣堂文庫には端本も含めて3組あり、その内の完本10巻10冊は、異なる伝本から不足の巻を抜いて取り合わせ、表紙も揃いのように造り替えたものだというのです。同じ古活字本なら構わない、と考えたのでしょうか。書誌学の観点からでなく、本を使う人の立場からは同じ内容なら揃っていた方がよい、ということなのでしょうか。

本誌には、昨年11月に亡くなった原道生さんへの追悼文も載っています。明治大学図書館の館長時代の思い出を、職員の飯沢文夫さんが書いていて、私にとっては大学院以来、ひたすら温厚な先輩だった原さんが、職場では断固としてその職責を果たされていたことを知り、懐かしく、また改めて惜別の情に囚われました。

4月1日

朝刊を広げたら、見開き一杯に幾つも顔面アップの漫画のコマ、なんだこれ、と思ってよく見ると講談社の全面広告でした。「もしヤンマガキャラが先輩だったら」という大見出し。ヤングマガジンというコミック誌の宣伝のようです。

「中間管理職の意見ってのは、あっさり曲がる」、「遅刻したら、大切なのは、急いできた感」、「感謝のメール、反論しない、大きめに頷く、これが忍法処世術」、「しっかりホウレンソウしとけよ、あとは上司の責任」、「メモとってるフリ、だいじ」等々漫画論法のお役立ちメッセージで紙面が埋まっています。タメになる名言よりダメになる迷言、未熟さもカッコ悪さも受け入れて、キミのままで社会を生きる助言、なんだそうです。なるほどこれが現代の新社会人世代の感覚かーしかしこのノリで押しまくられたら現役世代は堪らない。寧ろ受け入れ側が予め読んでおく心構えなのかも。

毎年この日に出る、ウィスキー会社の公告もありました。昨年亡くなった作家が、2000年4月に初めて書いた原稿の再掲だそうです(それ以前は確か丸谷才一が書いていた)。「空っぽのグラス諸君」と題して、要領よく器用にならなくていい、それより仕事の心棒に触れろ、それには自分が空っぽになって向かうことが必要、嫌なことがあった時はグラスと語れ、案外と酒は話を聞いてくれるものだ、と言っています。

そう、どんな職業も自分なりの言葉でその本質を掴めなくてはいけない。不動産屋は物件を売りつけるのではなく、お客さんを安心させることが仕事だと言った営業マンに出遭ったことがあります。例えば教師は教えるのが仕事ではなく、生徒をみる(熟視する)のが仕事。その子がその子らしくなっていくのに必要なこと、邪魔なことを見抜いて、そうなるように付き合って送り出すのが、仕事の心棒だと私は考えています。

信濃便り・福山観光篇

長野の友人が福山に旅行したから、と写メールを送ってきました。学生時代、寮で同室だったグループが、未だに年1回集まって旅行するのだそうです。60年近く経ち、それぞれ異なる暮らしをしているのに、すごい!女の友情は永続するか否かの議論なんて、問題になりませんね。近年はメンバー中の故人の墓参を兼ねて、ということになり、嫁いだ先の福山へ出かけるのだそうで、今年は7回忌とのこと。

【宿泊したホテルは駅前で、目の前に白壁が美しい福山城がある絶好のロケーションでした。しぶや美術館(ホテルの創業者の実家が現在では公益財団法人の美術館として公開されている)に出かけました。見事な和風の邸宅と庭園でした。】

しぶや美術館庭園

調べると、不動産業、ホテル業、ビル管理業などを経営しているグループ会社の創業者が1993年に開設した美術館で、絵画、書道、香道、禅、礼法、陶芸などの文化教室もやっているらしい。地元のアーティストの展覧会も開催しているようです。地方の資産家が、財団法人を作ってこういう文化事業を行っている例はよくあります。

【開催中の「土井政治色鉛筆画展」を観ました。淡い色合いで丁寧に描かれた絵画に見入った後、展示室の真ん中に置かれたテーブルを見ると、芳名帳とスチールの小箱が2つ。箱には絵を描くために使ったらしい短い色鉛筆が綺麗に並べられていました。】

土井政治の使った色鉛筆

【「リンゴ三兄弟」と題する静物画があって、思わず、足が止まりました。赤と黄色の林檎が3個。確か、これは「全農長野」が商標登録しているはず。調べてみると、登録されているのは「りんご三兄弟」で、平仮名か片仮名かの違いでした。】

この展覧会は、春の野の花を描いたというキャッチコピーで開いていたようですが、林檎にまず目が止まるところが、さすが信濃出身。

開花宣言の日

春の嵐が去って、アスファルトの地面もたっぷり雨水を吸い込み、やっと三月尽に相応しい天候になりました。一昨日若い人の首途の祝膳に出した鯛の頭で、潮汁を作って朝食。重い冬の掛布団を畳んで、軽い羽根布団を干しました。ベランダでは紫蘭の蕾が出て、大島桜や石榴がやや遅い芽吹きを見せています。しかし空は快晴なのにぼうっと霞んでいる。黄砂が降るらしい。

メールを開けたら、月末締め切りの原稿が届いていました。近世書誌学に詳しい後輩に頼んでおいた原稿です。きっちり仕上がっている。思わず雄叫びーいい本ができそうだ!このトシだから片付けと言い残しになってしまうかも、と不安を抱えて企画した本ですが、手を付けてみると、どんどんクリエイティブになって(というか、今まで棚上げにしていた問題が一気に顕在化して)、パズルのピースが填まっていく。もっと早く始めればよかった。

九段の桜が11輪咲き、東京にも開花宣言が出たようです。午のニュース映像では、未だ1分咲き程度の上野や目黒に、どっと人が出ていました。みんな待ちきれなかったのでしょう。近所の長泉寺の境内の桜の咲き具合を、確かめに行きました。老木の山桜は朽ちかけた幹を残して小さく刈り込まれていましたが、東側の枝に数輪の花が開いていて、染井吉野は未だ咲かず、烏が1羽、もっさりと止まっていました。

3月4月は別れと出発の季節ですが、これからも未だ出発はあるようで、若い人を見送るだけでは済まないらしい。見苦しい独り相撲にならないよう、その時々の体力や環境を考えて質の確保に努めなくてはなりませんが、半世紀前に諦めかけた作業の糸口がほぐれ、行き止まりは未だずっと先にある、ということが判ってきました。