コロナな日々 18th stage

宮古島から美しいマンゴーが届いたので、電話をかけました。旧友の息子、フレンチのシェフです。開いて3年目の店は、このところずっと休業している由。恋女房が宿泊施設の受付に勤め、朝食のデリバリーを請け負ったのと、支給が遅いものの休業補助金が出るので、食ってはいけてる、とのことでした。県知事があれだけ一所懸命、来ないでくれと言っているのに観光客は増え、マスクなしで歩き回っているそうです。解放感は理解できますが、もともと医療施設が少ない島のこと、万一のことも考えて遊んで下さい。

五輪期間を避けて、地方へ脱出する人も少なくないらしい。医療関係者は逆に出たくても出られません。国際結婚している皮膚科医の従妹に蕁麻疹の相談で電話し、休みはいつかと訊いたら、夏休みでもどっこへも行かないわよ、との返事でした。年に5,6回は訪英していたのに、もう2年間、毎晩の♥メールだけが楽しみなようです。

横浜の老人ホームにいる従姉は、やはり2年間、原則として面会禁止、外出はできるが不安なのでしないとのことでした。嚥下の容易な冷菓子の小さな詰め合わせを送りました。

EVで小学生と乗り合わせたので、プール始まった?と訊いたら、今年はないんです、と沈んだ返事が返ってきました。あっ、わるいこと訊いちゃった、と思いましたが、残念だね、と言うと黙って頷きました。

こんなにみんな我慢しているのに、それでも始まる大イベント。感染拡大も恐いが、果たしてイベント終了後、日本は(TOKYOは)よくぞがんばってやってくれた、と言って貰えるのかしら。こういう条件下、公平に競技できたと参加選手全員に納得して貰えるでしょうか。その後の多大な費用負担を覚悟せざるを得ない都民としては、関係団体や政治家はともかく、せめて彼らに、事態を正しく理解した上で帰国の途に就いて欲しい。

阿波国便り・母恋篇

徳島の原水さんから、季節の便りが来ました。夏らしい、野生の鬼百合、お歯黒蜻蛉などの写真が郷愁を誘います。

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野生の鬼百合

鬼百合は、なるほど精力溢れる夏草の繁みの中で咲くのが似合う。そしてクロアゲハか、オハグロトンボが似合います。

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ハグロトンボ

紗のような羽が魅惑的で、蜻蛉のくせにひらひらと蝶のような飛び方をします。私は歯を染める「お歯黒」から命名されたのだと思っていたのですが、「羽黒」が語源とする説もあるようです。環境に敏感な蜻蛉だそうで、東京では見かけなくなりました。思春期の頃、歩きながらふと、自分の眼にオハグロトンボが染みこむような幻覚を感じたことがありました。芥川龍之介の『歯車』などを読みふけっていた時期のことです。

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スダチの実

【このあたりはすだちの産地で、至る所に畑があり、花の季節には良い香りが漂います。「みかんの花咲く丘」が思い浮かび、「母さんと一緒に眺めたあの島よ」のフレイズから、母の思い出へと繋がっていきます(原水民樹)】

徳島はスダチが名物。青くて堅いまま、2つに割って絞ると、ぱあっと起ち上がる香りは抜群です。柑橘類の花は甘い芳香が特徴、スダチもそうなんですね。川田正子の歌った「みかんの花咲く丘」は、優等生的な唱歌だと思っていましたが、ある時、歌詞の一節に「やさしい母さん 思われる」とあるのに気づき、母親と死別か生き別れをした(戦後すぐは、よくあることだった)女の子なんだ、と動揺したことを思い出します。今でもイントロを口ずさむことができるほど、昭和20年代には普及していた歌でした。

ワクチン・その6

COVID19ワクチン(ファイザー社製)の2回目接種が済んで、1週間。副反応は人によってさまざまらしく、2回とも何ともない、と言う人もいれば、2~3日高熱が続いたという人もいます。私は1回目は接種した上膊部が2日ほど腫れ、しこりができましたが、2回目は少し体温が高いな、程度で済みそうでした。ところが、3日目から蕁麻疹が出たのです。モデルナ・アームという語を友人から教えられてネットで見ると、そっくり同じ。日ごろ服用しているアレルギー止めを2倍にして燕み続けたら、次第に遠のいていくのが判り、今日あたり、ようやく治まりました。

「それでも(開催する)五輪」にぎりぎり、抗体が間に合うことになりましたが、日々の報道で視る関係者(空港で来日客を誘導する人、隔離滞在用ホテルの従業員、多数のボランティア等々)には、間に合っているのでしょうか(開会宣言をする名誉総裁は、間に合っていません)。

1日○○万回とか、××千回分とかいう大きな数字に、目くらまされないようにしたいと思います。そもそも輸入契約を結んだ段階から、いつまでにどこへどれだけ配分、という計画を誰も立てなかったのが不思議。接種済みの登録が出来ていないというなら、入力の人手を政府が手配したらどうですか。8割在宅勤務期間中に職域接種再開なんて、わるい冗談としか思えない。だいたい、国民4割接種後は感染が収まるという首相の口癖は、根拠があるのでしょうか。流行当初には6割という数字を聞いたような気がします。

どうか東京発国際的混淆株が生まれたりしませんようにーもはや祈るしかない。3回目接種が必要、などという事態になる前に、多様な副反応についての解明が進み、対処法が行き渡ること、罹ってからの治療薬、医療体制が整うことを、望んでやみません。

失敗を問う/問わない戦記

井上泰至さんの「「失敗の本質」を問う/問わない戦記・絵巻ー文禄・慶長の役言説・表象の彼我ー」(日文協「日本文学」7月号)を読みました。先日の説話文学会で触れながら、時間の制約のため割愛した部分が読めるようにと送ってくれたのです。

いわゆる文禄・慶長の役(朝鮮側からは「壬申倭乱」という)で、天正20年(1592)に日本軍が釜山を落とし、東莱府城を包囲した時の合戦は、日朝双方で戦記や絵画資料に録し残されています。戦記では柳成龍『懲瑟録』、『宣祖修正実録(朝鮮王朝実録)』(1657)、馬場信意『朝鮮太平記』(宝永2年1705刊)、絵画資料では「東莱府殉節図」、それを承けて描かれた「壬申倭乱図屏風」(和歌山県立博物館蔵)、「倭寇図絵巻」(東大史料編纂所蔵)、「朝鮮軍陣図屏風」(鍋島徴古館蔵)などを取り上げ、比較考察しています。

この時の合戦では、開戦前に偽って逃亡した李珏と、落城しても節を曲げずに殺された宋象賢とが次第に対比されて描かれるようになり、強調されていったという。絵画資料では、日本軍は両刀を振り上げ(倭寇のイメージで描かれたらしい)、秩序なく攻め込むのに対し、救援軍を歓迎する民衆が描き込まれ、英雄化した宋象賢が軍神のように描かれます。井上さんは、朝鮮では敗因を問う『懲瑟録』のような戦記から、日本国王降参との虚誕を語る歴史小説『壬申録』まで、清朝に征服された敗北意識の影響、正しい中華文明は朝鮮にこそ残っているという意識に基づく表現の変化があったと推測します。言説・表象の変化の背景が大きく捉えられるのが痛快で、有益です。

本誌には青木亮人さんの「俳句そのものを読むということー『と』を中心にー」という好論も載っていて、思索の活性化を味わえる貴重な機会でした。

信濃便り・育苗篇

長野の友人に、梔子の挿木用苗とパプリカの実生苗が沢山できすぎて、嫁入り先を探している、とメールしたら、家族と相談したところ、貰ってもいいという返信が来ました。荷造りに苦心し、コワレモノ・なまもの・上積厳禁・天地有用指定で宅急便に託しました。無事着いた、とりあえずプランターに移した、と写真が来ました。

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育苗中

向こう2つのプランターが梔子(配布用ポットに植えて並べてある)、手前がパプリカ、右側にフェンスより高く伸びた若木は、数年前に蘖を抜いてきて植えたカマツカ(鎌の柄にする木の意。朱い実が美しい)だそうです。妹さんが育苗上手で、少しずつ欲しい木を集めて庭造りを楽しんでいるようです。この辺の一戸建ては、庭付きというより畑付き、と言う方が正しいとのことで、自慢の苗を交換しあうのも話の種になるらしい。

我が家では例年、花の時期に剪った梔子の葉を活けておくと発根し、苗ができます。4年前に長野の友人にも送り、今年開花したので、花の写真をつけて配るとのことでした。梔子は育てやすいが、青虫がつくので嫌う人も多い。1度くらい丸坊主にされても大丈夫ですが、何度も食われるようなら気をつけてやって欲しいと思います。乾燥に弱く、殊に蕾が出たら乾かさないように。

パプリカ(観賞用唐辛子)は、菊が終わってパンジーには未だ早いという季節に植えていたのですが、赤・黄・紫・黒と実の色の違う品種を揃えた心算だったのに、我が家でガンガン日に当てたら、紫も黒も真赤になってしまいました。実を乾かし、ポプリにすると虫除けになると聞いたので作っておき、その中から今年の晩秋用に種子を播いたら、50本も発芽してしまったのです。しかし蛞蝓に葉を食われたところを見ると、虫除けの効用はあやしい。遠く長野で、近所づきあいのツールになれれば幸いです。

師直の横恋慕

小助川元太さんの「教育学部の学生と読む古典文学ー必修科目における『平家物語』『太平記』の読みの実践を中心にー」(「中世文学」66)は、教員養成課程の学生と共に議論しながら軍記物語本文を読んでいく、優れた実践報告です。前半の「扇の的」について異存はありませんが、後半『太平記』「塩冶判官讒死の事」の解釈について、引っかかりました。

美人妻への師直の横恋慕がもとで、南朝方の塩冶判官高貞が滅びる話ですが、薬師寺公義の代作した歌を見せられた高貞妻がなぜ「顔うち赤め」たかについて、女子学生の1人が、師直のストーカー的フェティシズムを嫌悪したのではないかと読んだのを、教師は現代的すぎると反論したそうです。そうかな?物語の意図の第一は兼好の恋文が失敗し、公義の和歌が成功を収めたという点にありますが、高貞妻の反応は悪くはない(彼女もまんざらではない)という解釈は、現代にあっては誤解を招きそうです。しかも小助川さんは注17で、異本をその補強に使っている(異本はべつの物語でしょう)。

私も文学部でこの話を講義したことがありますが、兼好と公義の対比のほか、自己中心的であくまでも物質的、肉欲的な師直(湯上がり姿の彼女を覗き見して、腰が抜けてしまう滑稽さ)に対し、和歌の巧みさに急所を衝かれて赤面した(手紙を捨てたことが失敗だったと知る)妻、負け戦と知りつつ主を守って斃れていく高貞の家臣たち、という構図でこの悲喜劇を読みました。異本の天正本には妻が高貞に自らの無実を語り、生死を共にしようと口説く場面もあります。「まんざらではない」と一瞬でも思ったら、『太平記』の中の彼女は分裂してしまう。

読みは難しい。しかし文学の教師は、読む技術を磨かねばなりません、知識ではなく。

2021年度採択奨学生一覧

公益信託松尾金藏記念奨学基金の今年度採択者が決まりました。今年度は修士課程からの応募が少なく、博士課程からの採択が例年よりも多くなりました。採択後は1年ごとに継続願を提出し、審査を受けることになります。 

採択された方々の研究課題と所属大学院は下記の通りです。なお法学・政治学・経済学は、本来この基金の募集分野には含まれていませんが、今回採択された例は選考委員会によって現代史の範囲内と認定されました。

博士課程

1 「中国における共産主義と「伝統」の共存 - 心理メカニズムの分析」(慶應義塾大学

2 「伊勢の風土で行われた荒木田麗女の文化活動について」(名古屋大学

3 「千宗旦茶の湯の創意と趣向」(学習院大学

4 「大公国期における近代「フィンランド国民」形成」(早稲田大学

5 「朝鮮との関係を中心とした近代日本におけるアジア主義思想の形成」(東京大学

6 「ニューイングランド植民地のタラ漁業と独立革命との関連性」(熊本大学

修士課程 

7 「中世後期~戦国・織豊期の土佐国における政治拠点の様相について」(東京都立大学

8 「上代から中古初期の散文作品における女性の描かれ方」(お茶の水女子大学

9 「ラフカディオ・ハーンの遺伝的記憶説と仏教思想の関連究明」(島根大学

10 「中世後期における寺社の歴史・信仰と政治権力との関係」(福岡大学)