死生学の師

山本栄美子さんから、最近書いたものが送られてきました。その中に、大学院で指導教授だった池沢優氏の退官記念に書いた文章がありました(「宗教学者として死生学の「場」を確立された池澤先生」東京大学宗教学年報41別冊 2023/3)。

山本さんは現役の看護師から2002年に東大の大学院に進学、2006年度から松尾金藏記念奨学金を受給した、明翔会でも古顔です。和辻哲郎の研究で2019年に博士号を取得、現在は子育てと複数の大学の非常勤講師とに奮闘しています。日蓮正宗の信仰を持ち、時事的な問題にも、理非曲直を明らかにしたコメントを書く人です。

恩師を送る文章は、いきなり不肖の弟子と名乗るところから始まります。看護学を学んだだけで人文社会系の大学院に入り、指導する教員側にもとまどいがあったようですが、自分自身、死生観について人文系の「客観性」を確保するにはどうしたらいいのか、悩み続けたそうです。そう言えば、『明日へ翔ぶー人文社会学の新視点 1』(2008  風間書房)に彼女が寄稿したのは、「学問における「主観性」と「関係性」」という、おそろしく抽象的な論文で、私は一読後、哲学専攻なのかな、初めて読む読者にはちょっとつらいかも、と思ったことを覚えています。

師はそういう彼女に向かって、「人文系の客観性とは、主観性の延長上です。単純には解決のつかない問題を扱い、よく考察していくことが大事で、SOAPではないのだからはじめから問題解決を図ろうと思わなくてもよいのです」と語ったという。SOAPとは看護記録の記入形式の用語だそうで、彼女はこの時、師の鋭敏さと視野の広さに驚いたと書いています。その後、論文添削も含めて丁寧な指導をして下さり、昨3月に退官、そしてこの6月に亡くなられたとのこと。勝手ながら、何だか身近かに感じました。