棺の蓋の1枚

山本栄美子さんの「カルト教団による被害を拡大させないために何ができるのか」(「月刊社会民主」 10月号)を読みました。山本さんは東京医科歯科大学を卒業、看護師として勤務後、東京大学大学院で博士号を取得、現在は宗教学・死生学・生命倫理学などの非常勤講師をしています。明翔会の論集『明日へ翔ぶ―人文社会学の新視点― 1』(風間書房 2008)には、「学問における「主観性」と「関係性」」を書きました。

依頼原稿だそうで、特集論文6本の中の1つなので長くはありませんが、要所を遠慮なく衝いています。7月8日の銃撃事件当初の報道が、民主主義を破壊する政治テロであるかのような観点に立ち、参院選終了まで関係する宗教団体名が伏せられたことは、海外からは安全な国と見られてきた日本(2022年版世界平和指数第10位だったことを、本論文で初めて知りました)のイメージを傷つけたと説き起こしています。

マインドコントロール(洗脳)の問題を取り上げ、日本ではすでに1990年代、統一教会問題に関連してこの概念が論じられるようになり、1995年オウム真理教によるサリン事件を機にカルト教団への規制が検討されようとしたのに、宗教法人の認証に関する議論は封じられたまま30年が過ぎてしまった、と指摘しています。政教分離と信教の自由の緊張関係を問い直す国民的議論が必要、殊に宗教教育が無に等しい戦後日本では、宗教の社会的影響や自分の信仰を公共的空間で語る機会がなく、入信以前に信仰や救済について客観的に考える経験がないのが問題だと言うのです。

不幸な事件ではあったが、その死が日本の政治と宗教のあり方について、広く議論を喚起するきっかけになれば、後年、政治人生最大の功績と評価されるのでは、との提言には共感しました。それこそが棺の蓋の最も丈夫な1枚になることを、願ってやみません。