辻井伸行に教わったこと

ドキュメント番組「辻井伸行×ハワイ」(BSフジ)を視て、考えることが沢山ありました。彼の海外ツアーを追うドキュメントは年末恒例番組だったのですが、久しぶりで視たら、童顔ながら肉付きのよい中年にさしかかり、手引きも若い人に交代していました。幼い頃からその才能を育てるために両親が手を尽くし、殊に母親が自立させる方針を貫いたことは知っていましたが、幼年時代、ハワイに家族旅行し、ホテルで演奏したことが後の人生を決めたと知って、特別な家庭の出身だったんだなと改めて思いました。

ハワイの浜に立って、ここは来たことがある、と彼は呟きます。30年近く前の土地、匂いや風向きや波音で判るのでしょうか。6歳だった彼は1日もピアノを弾かずにはいられず、空き時間にホテルのピアノを弾かせて貰っていたそうで、聞いていた支配人からディナータイムに演奏するよう勧められ、その時の客の喝采が嬉しくて、ピアニストになる決心をした、ここは自分の原点だ、と言うのです。当時、日々の印象を小品に作曲してもいました、まるで日記のように。今回はフラダンスショーや小学校の音楽教室にも参加し、様々な人たちと交流します。チーム辻井とでも呼ぶような、多くの人たちに支えられてはいるものの、視覚障碍者の制約を遙かに超えてしまっています。音楽は誰とでも一緒になれる、と彼は言うのですが、それはやはり彼自身の力でもあるでしょう。

最後にいろいろな楽器と共に「虹の彼方に」を合奏しましたが、彼は虹を見たこともなければ、この曲が主題歌となった映画作品も見ていない。彼の中には彼独自の「虹」があり、それを越えた「彼方」がある。それは文学が構築する虚構世界とはまた異なった、我々は彼の音楽によって窺い知るしかない世界です。

超絶技巧ピアノでジャズっぽい、ニコライ・カプースチンというウクライナの音楽家がいま注目されていることを、初めて知りました。いや、辻井伸行に教えて貰いました。