覚悟

昨日はフィリピンのミンダナオで戦病死した叔父の命日でした。終戦まであと6日だったのです。我が家へ届いたのは空の骨箱でしたが、戦後何年も経ってから、菊の紋を描いた小さな盃が下賜されました。出征する前日、未だ子供だった甥(私には従兄)を自転車の後ろに乗せて、故郷の街を何時間も走り回ったそうです。

この春、墓じまいの相談で福岡へ行きましたが、叔母の孫たちが、自家の墓に入っている人を全部は知らないことに驚きました。墓誌を見て誰やろと思うとった、と言うので、懇々と言い聞かせましたーお前のお父さんを自転車の後ろに乗せて、もう帰れないという覚悟で、博多に別れを告げて出征したんだ、あの人たちのおかげで今日の日本がある、菊の御紋章の入った盃を送ったやろ、あれは天皇陛下から下された(じつは厚生省だと思うけど)物なんだぞ、と。初めて知ったようでした。尤も戦後の住宅難の時期に大家族同居で暮らしていたので、絵本の読み聞かせをしてくれたおばちゃんがたしかおったけど、あれは誰やったとかいな、という話も出ました。

忘れるのが怖い。保守派政治家でも、30年前まではそう言っていたそうです。戦争体験のない世代が政界の中心になる時代が来たら危ない、と。台湾で、戦う「覚悟」の話をした老人がいましたが、私たちは戦争する覚悟など持ち合わせていません。戦争を起こさせない覚悟を、日本の政治家たちは持っていて欲しい。

防衛装備移転三原則見直しがずるずる進み、欧米諸国はクラスター爆弾を戦地に提供し、私たちもそれらに慣れていきそうな夏です。湘南で生まれた私が母と共に福岡へ疎開した時には、もう叔父は出征した後でした。好物は何だったか、仏壇に何を上げたらいいのかも分かりません。暑さで玩具のような小輪に咲いた薔薇を剪って上げました。