本文校合

徳島の原水さんから、「古活字探偵事件帖」を読んだ感想のメールが来て、版本の本文を校合した時の苦労話が書いてありました。【昔、2種の版本を透明板にコビーし、それを重ね合わせて違いを判別しようとしましたが、思わしい結果が出ませんでした。今後はコンピューターを駆使しての調査となるようですね。老兵は去りゆくのみです。】

一時期、色の違うプラスチックの下敷で、カラー印刷された文字を隠して読み分ける参考書が受験生の間で流行ったことがありました(今でもあるのかもしれません)。大学院生の時、大先生とは異なる説を幾つも抱えている、とこぼしたら、上級生から、あの下敷を使えばいい、とからかわれたことがありました。

本文校合の効率的な方法については、みんなあれこれ工夫してきたのです。故千明守さんは、異本を音読して録音し、ヘッドホンで聴きながら底本と校合する、と言っていました。百二十句本のようなレベルの異同に適切な方法かもしれません。

私も長門本の伝本同士の異同、屋代本と覚一本との異同、長門本と延慶本との異同など、レベルの異なる本文校合ごとに工夫してみましたが、近年は注目する箇所の本文を抽出して並べ、傍線や網掛けで異同箇所をマークする方法が多いようです。読者にとっては煩瑣な作業過程に付き合わされた、という疲労感が残るようで、他分野の研究者から軍記研究が敬遠される理由になっているらしい。

コンピューター処理すれば、異同の傾向や近接度が数値になって出て来るようになるのでしょうか。しかし本文異同から意味を引き出していく過程は、やはり見える形で呈示されないと不安です。過程こそが人文系科学の勝負の分かれ目だからです。作業方法の工夫、過程を呈示する方法の工夫、それをもっとすり合わせるべきかもしれません。