中近世語り物文芸

粂汐里さんの『中近世語り物文芸の研究ー信仰・絵画・地域伝承ー』(三弥井書店)という本が出ました。主題は説経浄瑠璃古浄瑠璃とその周辺ですが、中世後半から近世にかけての芸能はジャンルの線引きが難しいため、大きな書名になったようです。

内容は論考篇と資料篇に分かれ、前者は序章の後、1語り物の宗教基盤 2語り物の絵画的展開 3語り物と地域伝承 の3部構成、資料篇には論考篇で取り上げた作品の代表的テキストの翻刻と挿絵写真を収録しています。全410頁、取り上げた作品は『阿弥陀胸割』『大橋の中将』『常盤問答』『山椒大夫』『堀江物語』『小栗判官』など。語り物の本文の扱いには困難がつきまといますが、本書は各作品の現存伝本とその書誌を列記した後、本文批判を行なってから作品研究に入るという、正統的な姿勢が好もしい。

序章の研究史から読み始めて、懐かしさで一杯になりました。平家物語を専門にすれば語り物研究への目配りは必須。若い頃、魅せられた名前が走馬灯のように出てきます。阪口弘之、山本吉左右、岩崎武夫・・・「語り」とは何か、語りの証跡は見いだせるのか、地域伝承と語りはどういう関係にあったか、盲僧琵琶や放浪芸は平曲とどんな関係があるのか等々の問題を探り求めた時期がありました。しかしそのうち、説経や浄瑠璃へ流れ込んでいった芸能と、現代まで残る平家琵琶は直接には繋がらないことを痛感、また一方で、文献調査先でよく出遭う、よれよれの浄瑠璃本と平家物語の本文とを同じ線上では論じられないことも痛感して、遠ざかってしまった分野だったのです。

信仰、絵画、地域伝承という関連項目の立て方は成功したと思います。近年の研究動向ともマッチし、説経・古浄瑠璃の特性とも根底的に結びついている。あの頃の同志たちと本書を論じ合いたいな、と思ったりしました。