軍記と語り物59

「軍記と語り物」59号が出ました。今号の圧巻は高橋秀樹さん「『吾妻鏡』について実証的に考える」、昨年8月の大会講演を原稿化したものです。記録性に問題があることは承知の上で頻用されてきた吾妻鏡ですが、テキスト批判なしに(ときには誤解に基づいたまま)使用されてきたことを指摘、編纂に際してはどのような資料をどういう方針で用いたかを推定しています。今後、吾妻鏡を引く人は必見。同じ大会講演の坂井孝一さん「北条義時の軌跡」は、昨年の大河ドラマの考証に当たって得られた仮説の組み立て過程を解き明かし、「歴史学者の創る物語」をわかりやすく語ります。

牧野和夫さんの論文は、延慶本奥書の時代の僧侶たちのネットワークを照射、網を縮めていくもの。阿部亮太さんは龍門文庫本保元物語後半部の編集方針について、井上泰さんは兵庫県立博物館蔵「源平合戦図屏風」が必ずしも平家物語の本文によらずに描いた意図についての考察。

研究展望の中、平家物語に関する2本は、多少の選択や強調で主張を示すものの論文紹介の羅列に近く、研究展望は当該期間の大きな動向、その要因などを論述して初めて展望になるもの。覚悟を以て大胆に書いて欲しい。粂汐里さんの「説経・古浄瑠璃を中心とした語り物(2007~2022)」は、集中的で面白く読みました。近年、本誌は海外における研究史をも取り上げていて、今回はパトリック・シュウェマーさんが北米英語圏について16世紀から冷戦後までを書いています。労作ですが、白人から日本が如何に見下されていたかが執拗に述べられ、日本人としてはそれだけじゃないだろ、と言いたくなります。

今号から研究文献目録は実質、無くなりました。このところ、あれもこれもぶち込むようなぞんざいさが不愉快でしたが、精選・整理するのでなく無力化したのは遺憾です。