命の感触

今朝の朝刊(朝日)のコラムで、繁延あづささんの「命の感触」を読み、そうそう、これこれ、と思ったので、書いてみます。コラムの内容は、ゲイと結婚した女性が彼の子を産み、2人で幸せに育てている話。写真家の繁延さんが取材したカップルなのだそうですが、付き合ってみて話が合う、性が違うだけ、と感じた2人が子供が欲しくなって結婚し、「夫」は今でもゲイだけど、以前はそれに囚われすぎだったと気づいたという。「妻」は、彼とは男性に関する趣味は合わないけど、と笑っていたとあります。

繁延さんの締めくくりは、「いろいろあるが、求め合い生きる感覚は同じ」というもの。LGBT差別意識や結婚制度の問題と結びついて、時には政治化し、ややこしくなっていますが、そもそも何故、真っ直ぐ結婚や入籍の社会的承認要求に向かっていくのか、私はずっともやもやしていました。人間も生物の1種である以上、種の保存という観点から言えば、少数派としてのありようであることは紛れもない。それなのに結婚、夫婦という既存の社会保障制度に入ろうとするのには、何かしら逃げー矛盾があるように思えるのです。養子ならともかく、パートナー以外からの助力を得て子供を作るとなっては、別の人権問題が生じる気もします。自分に忠実でいたい、自然のままでと言うなら、ここに書かれたような関係もアリでしょうし、入籍しなくてもいいのだし、社会が求める男らしさ・女らしさの規範を外したら、性自認の悩みはずっと楽になるのではないでしょうか。

ちなみに総理の国会答弁は、社会が変わって「しまう」という表現がいけないが、問題解決の困難さを正直に言っています。更迭された秘書官は論理的にも、実務能力の上でもアウト。問題外です。繁延さんの文章は、以下もお勧め。

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