結婚とは何か

同性婚と人権、同性婚憲法で保障されるか、といった問題の立て方に、ずっともやもやしてきました。どうして婚姻制度に拠らなければ、結婚できなければ、いけないのだろうという疑問です。戸籍制度、世帯単位の行政、そういう地点で解決される問題が大半ではないのか、と思うのですが。相続や税制、医療上の告知などは法的に対応できるはず、つまり異性同士の婚姻によらなくても、ペアを中心にした新世帯の成立を認めればいい。家庭を持つ、生涯の伴侶を定める、その必須条件に婚姻を置かなければいいのです。

むしろ性的マイノリティの人たち自身が、それほど同性婚にこだわるのは、男女の仲をなぞりたい、模したい、との潜在的願望に支配されているのではないか、と思ってしまうのは過激ですか。生産性云々といった下品な発想は論外として、でも人類も生物の1種であることは逃れようもなく、婚姻がそもそも生殖を意識してなされる行為であること自体は、否定すべきではないでしょう。しかし人間の営みには、生物学的行動から一部逸れる場合も屡々あった。それが人類自身の作り出した社会制度などと抵触するのなら、制度を調整すればよく、そうすることによって人間の歴史は続いてきました。

このように考えていく経路には、何もねじれはありません。なのに、どうして男女の場合と同じような式典や、夫妻としての社会的認知を求めなければならないのか。従来型の男でも女でもない、いっそ第3の性を認めればいいのかもしれません。伴侶ではあるが夫妻ではない、どちらも旧来の男女の役割を負うわけではない。

そういう考え方に基づく法制度、世帯単位の行政事務を実現する方向が望ましいと私は考えるのですが、でもそうなると、結婚って何?と訊かれそうで、いやいや、それを言っちゃあおしめえよ。