六代勝事記の和歌

吉野朋美さんの論文「『六代勝事記』の和歌について」(「藝林」71:1)を読みました。六代勝事記高倉天皇から6代、後堀河天皇までの間に起こった「勝事」(社会的大事件。あってはならぬ事、というニュアンスを帯びる)について、感慨を交えながら記す、貞応年間(1222~24)執筆の序を持つ歴史物語です。

作者は未定ですが、吉野さんは作者詠と見られる和歌5首について、表現や配置を考察し、作者の歴史観、和歌観を究明しようとしました。また作者以外の詠歌を検討すると、登場人物たちを鮮明に描く方法として和歌を利用していることが分かる、と述べています。作者はさほど和歌に堪能ではないが、その帝徳を厳しく批判している後鳥羽院に対しても、和歌を通して同情の念を示す、というのです。

六代勝事記は文飾に凭りかかり過ぎ、批判精神に比べて感情過多なところがある気がして、歴史文学としては私はあまり重視してきませんでした。愚管抄や延慶本平家物語との関係の方に関心が向いて、作品そのものには惹かれなかったのです。しかし最近の研究動向から、新たな問題が引き出されてくる可能性もあるかもしれないと思いました。

令和3年度藝林会学術研究大会では吉野さんのほかに、坂口太郎・長村祥知・斎藤公太・平泉隆房・渡邊剛・橋本紘希さんたちによる相互討論「承久の変(乱)をめぐる諸問題」が行われたのだそうで、討論記録は大変有益でした。その場に居合わせればもっと面白かったでしょうが、私には神皇正統記の研究の立ち後れがずっと気になっていたので、斎藤さんと平泉さんが一堂に会して発言されているのを知り、とても嬉しく思いました。神皇正統記は、ごく基本的な調査、書誌の評価などのレベルで研究が遅れているのですが、これからはどんどん前進しそうです。