母を送る歌

兼築信行さんの歌集『改元前後 2016-2019』(花鳥社 2020/9)を読みました。兼築さんは松江の旧家出身、平安後期から鎌倉期の和歌文学研究を専門としていますが、実母を故郷から引き取り、3年間の介護を経て2019年に見送るまで、Facebookに掲載してきた詠歌を単行本化したのが本書だそうです。

合計866首を全174頁にぎっしり詰めてあり、殆どが平仮名書きで、私には解釈に迷うものも2,3首ありました。和歌の専門家は仮名書きで詠むのが自然なのかなあ、と思いましたが、口をついてするすると出てくる、歌言葉による生活詠が生まれ落ちる速さに見合っているのかも、と勝手に合点しました。

叙景歌はあまりなく、殆どが述懐、自照の歌ですが、いわゆる掛詞(シャレ)が満ち溢れていて、中には戯笑歌、狂歌に近い作もあります。現代人が短歌を作ろうとすると、現代詩のような現実からの飛躍と暗喩を意識し、そのための表現を模索することが多いかと思いますが、こういうオヤジギャグにも似た言葉遊びこそ、往古の縁語、序詞、掛詞など和歌技巧の本質なのかもしれない、と考えながら読みました。例えばこんな歌です。

025しみじみとしじみのしるをすふときしみにしみしみてまつえはこひし

380伯耆なるいづもふじやまあさやけにさやけくもみゆはしのうへより

母の介護の苦労、日々の喜怒哀楽、次第に死が近づいてくる恐れと悲しみ、それには万人が共感することでしょう。

175すな時計のすなおちてゆくひとすぢにおそくもならずはやまりもせず

795しなむとするははのみかほのいとしくてひとさしゆびのはらをあてがふ

松江の名物、方言、親を見送る気持ちー私なりに思い当たることが多い1冊でした。