なぜ千年を越えて

渡部泰明さんの『和歌史―なぜ千年を越えて続いたか―』(角川選書)を読みました。額田王から香川景樹まで19人の歌人の評伝を並べて、『万葉集』から19世紀半ばまでの和歌史を描き出そうとしています。和歌は7世紀前半には形態を整え、短歌の現代まで含めれば1400年以上の命脈を保ち、日本文学史の核に当たるジャンルでした。なぜ千年を越えて続いたか、という問いに、千年の間に何があったか、というかたちで答えようとしたのが本書です。読みやすく書かれています(欲を言えば、本書独自の略年表があるとよかった)。

序論には、定型という自由、和歌はなぜ続いたか、教育との関係、和歌では何を表現するか―祈り、現実から理想へー境界、作者は演技する、連動する言葉―縁語・姿・しらべ、という見出しが立っています。あとがきには、和歌の言葉は連動して秩序ある世界を浮かび上がらせ、今の歴史的現実を越えるような理想を到来させる祈りであり、現実と理想をつなぐ境界に人を導き、そこで身を以て生きるという演技を促す、その結果、永遠の価値につながる実感を、歌を詠むという実践において育てることができる、ここに和歌が生き続けた理由を求めることができよう、と言っています。

苦心して自分らしい鍵語を設定したのだと思いますが、境界、身体、理想などの語にはいささか手垢がついていて、真にぴったりした用語を掘り当てるまでには未だちょっと距離があるなあ、と思いました。しかし言おうとしていることの大半は、共感できます。各論の中には、大いに共感する発想と共に議論をふっかけたい点も少なくなく、つまり単なる概説書ではない。私としては紀貫之、頓阿、正徹などの論が面白く、改めて彼らの詠作を書庫から引っ張り出して、読み返し始めました。