古活字探偵事件帖

高木浩明さんの「古活字探偵事件帖」という連載が始まりました(「日本古書通信」1月号)。古活字版悉皆調査の過程で出会った「事件」を語るそうです。

古活字版とは、近代の金属活字が出現する以前に刊行された活字印刷の本を言い、主に中世末期から近世初期の日本で作られた、木製彫刻の活字による印刷物を指します。1回に摺る部数は少なく、古書市場に出れば目玉の飛び出るような価格がつくことも屡々です。

従来、川瀬一馬氏の『古活字版之研究』(1937)がこの分野の聖典ともいうべく、殆ど唯一の参考書でしたが、この本の増補版の出た1967年に生まれた高木さんは、その偉業を継ごうと、全国の所蔵機関ごとに悉皆調査を始めました。第1回は「古活字版の誕生」と題して、古活字版についての基礎知識を述べています。

欧州からキリシタンが、また朝鮮から秀吉が持ち込んだ銅製活字の影響で、中世には仏教界で行われていた印刷がそれ以外の学問書にも広がることになり、さらに文学作品も印刷されるようになりました。最初に出版させたのは後陽成天皇で、それらは慶長勅版と呼ばれ、形態的にも気品のある、大ぶりな本です(高木さんは「惚れ惚れとする」と言っています。写真図版も載っています)。徳川家康も、思想書や『吾妻鏡』を出版させました(私はひそかに、『源平盛衰記』慶長古活字版の校訂・版行もこれと関係があるのではないかと考えたりするのですが、今のところ確証がありません)。初期の古活字版は、精密な手作業によっているので、写本の性格と共通する点が多い。同じ作品でも版面の1部分が異なったりしていて、研究者泣かせでもありますが、当時の職人気質に改めて唸ることも少なくありません。連載の次号以降が楽しみです。

なお本誌には塩村耕さん、石川透さんも書いていて、各々に読み応えがあります。