先輩の背中

母校の卒業生名簿が来て、先輩の外村南都子さんが亡くなっていたことを知りました。外村さんは私よりも8歳年長、大学院に入った時の最上級生でした。当時は女性の先輩はごく少なく、博士課程に3人いましたが、中世専攻で後に大学に勤めた(プロになった)人は、彼女1人だけでしたから、私にとっては唯一、背中を見て追いかける方でした。

でも南都子さんは有名な学者の外村久江氏の養女で、研究もその後を嗣ぎ、早くから大人の雰囲気で、周囲から一目置かれていたので、どこか苦手感もありました(久江氏は、学者の作法に厳しい方でした)。後に結婚して弁護士になった湯本みつ子さんと2人で、入学後2年目に入った私の顔を見ながら、なじめるかどうか心配していたのよ、と声を掛けてくれた時、先輩とはこういうものなんだ、とつよく心に刻みました。

小金井のお宅にお邪魔したこともあり、拙宅へ仏蘭西の友人と一緒に泊まって行かれたこともあります。卑下慢(褒めて貰いたくて卑下すること)をしてはいけない、すぐ分かるよ、とぴしゃりと叱られたこともあります。ある時ふっと、男とか女とか区別しなければもっとみんな楽になるはず、と言われたこともあって、年長者たちに受けのいい南都子さんにも苦労はあるんだな、と思いました。

初めて志田延義賞を受賞された時にお祝いの会を計画したのですが、どこからか雑音が入ったらしくて叶いませんでした。爾来、栄誉や権力は男が付与するもので、女は黙って拝領するのがこの業界の「わきまえ」なのだと悟りました。ここ2,3年、間接的に聞く話から、軽い認知症で施設に入居されたことを推測しましたが、後輩が顔を出すのがいいかどうか迷って、到頭お見舞いには行きませんでした。心残りです。

永い間ありがとうございました 合掌。