読む羅針盤

武久堅さんの『平家物語への羅針盤』(関西学院大学出版会)を読みました。武久さんは私より7歳年長、8歳年長の栃木孝惟さんが頻りに、軍記物語の読みへのファイナルアンサーを書くと言っていたことを思い出し、本書もそういう意図かなと思って開いてみました。私自身、そもそも古典文学は読者が自由に読んでいい、いや文学の読みは(教室以外では)自由であるべきだ、との考えなので、「○○の読み方」とか「○○の手引き」といったタイトルには強烈な抵抗感がありましたが、近年の平家物語研究を見ていると、読者にとって迷妄の叢林を増やすだけといった感があり、研究者のファイナルアンサーを世に問うことも必要なのかも、と考えたりするのです。

本書は、1『平家物語』の「発生」から「成立」「変容」まで 2『平家物語』の全体像 3木曽義仲小論 4『平家物語』の散歩道 5『平家物語』の生き物たち 6建礼門院800年御遠忌 7『平家物語』の旅人 という構成になっていて、1985年以降書いたり話したりして、研究書にまとめた以外の原稿に加筆し配列したものです。武久さんの持説のエッセンスに、ブログに書くような気楽なコラムを併載した形になっています。

ところどころ現在の研究状況とは合致しない点も見受けられます(読み本系本文を後補という角度からのみ見ること、長門切に一切言及しないこと、p31「歌苑連署事書」の批難を平曲享受のあり方と関連づけること、覚一本が延慶本から編集された、また灌頂巻を覚一自身が編纂したとすること、語り本系本文は琵琶法師の語る詞章をそのまま記したとすることなど)。一方、後白河院が言う建礼門院との「同宿」は男女関係ではない、また『閑居友』の「かの院」は女院ではなく後白河院を指すという指摘は、貴重です。

全体は市民講座の成果ともいうべき本ですが、第1・4・6章は研究者も一読お勧め。