原道生さんの訃報

夕方、何気なしにネットを遊弋していて、原道生さんの訃報を見つけました。義太夫協会のHPに会長の死去が告示されています。11月23日、享年87。そう言えば今年は年賀状が返って来ず(例年、1ヶ月以上過ぎてからひょっこり頂くのですが)、もしかしたら、と心配したことを思い出しました。

原さんは、私が大学院に入学した時の研究室助手でした。すぐに東大紛争が起こり、研究室封鎖や安田講堂攻防戦など狂乱の数年間が続いたのですが、1966年から71年まで助手を務め、先生方からの信頼は抜群でした。一旦相手の言動を受け止めて、ゆっくりと、静かなもの言いをする人で、ときには笑顔で話すこともありましたが、常に感情の波は水面上だけで、心奥の動きは見えない、しかし人を安心させる方でした。

恩師の市古先生のところへお年始に行くと、毎年お目に掛かった時期がありました。私から見ればずっと年長のような気がしていましたが、対等に話をしてくれる、希少な先輩だったのです。書いたものをお送りすると、ちゃんと読んで下さっていました。最近の平家物語研究はどうもよく判らんと思っていたが、お前の書いたものを読んでようやく判った、と言って頂いたことが2度ほどあって、私は、大人に認められた気がして嬉しかったものです。

定年間近を嬉しがる私に、すこし遠くから見るようなまなざしで、「辞めても暇にはならないよ」と言われました。私は、それは原さんだからだと思って本気で聞かなかったのですが、後日、その意味を思い知りました。

卓上に積んであった『近松浄瑠璃の作劇法』(八木書店 2013)を開いてみました。700頁を優に超えるボリュームに圧倒されていたのですが、50年間の文章をそっくり収めて、少しも難しくなく、こけおどしのない、いかにもあの原さんらしい1冊です。

もうお会いできないのですね・・・合掌。