古典遺産70号

「古典遺産」70号(2021/6)を取り寄せて読みました。早稲田OBの軍記物語研究者を中心とする同人誌です。本号には野中哲照「『平家物語』一の谷合戦譚の形成と変容―<綱引き>論からの分析―」、井上翠「『源平盛衰記』の西光の機能」、佐藤陸「永享記遡源―二記録と三作品―」などが載っています。

井上論文は、平家の悪行の始まりとされる事件について、覚一本・延慶本・源平盛衰記の本文を比較対照しながら、西光を中心に、盛衰記の独自性を抽出しようとしたもの。清盛と対峙し、後白河院の側近としての西光と静憲とは対照性を付与されており、西光を通して治承3年政変にそれ以前の事件が結びついてゆく、と指摘し、盛衰記が『愚管抄』や『玉葉』など史料記述をも物語の方法として活かしていると結んでいます。

野中論文は近年、事実との懸隔が取り上げられることの多い平家物語一の谷の合戦について、相反する指向が葛藤した(綱引き)結果としての本文を比較検討、一の谷合戦譚の原像を描き、史実の合戦から義経英雄化及びその反動による脚色がもたらした変容を論じて、平家物語諸本は”源氏が平家を攻める物語”から”平家が源氏に攻められる物語”へと変質したと結んだ後、現存諸本に向き合いつつもその彼方を透視するような諸本論、総体としての『平家物語』の形成を考えるべきだと宣言しています。

その言やよし。ただそれ以前に、四部合戦状本が延慶本的本文の抄略だと指摘した水原一説の検討、真名本制作の動機、源平闘諍録と四部本との文体及び場の差異、南都本の評価など、究明すべき問題は山のようにあります。井上論文もそうですが、もう少し整理して、少ない枚数に収まるように書いてみたならば、自分にも見えてくるものがあるかもしれません。「覆いかぶさる」とか「綱引き」などの用語も、一考の必要があるのでは。