回想的長門本平家物語研究史(11)

麻原美子さんはその後、多数の同志と共に長門本の校本作成に果敢に取り組み、『長門本平家物語の総合研究 校注篇上下』(勉誠出版 1999)、そのテキスト版『長門本平家物語』全4冊(同 2006)を、また国語学小川栄一さんと共に『長門本平家物語自立語索引』(同 2009)、兄弟本と言われてきた延慶本本文と上下2段で対照できる『平家物語長門本延慶本対照本文 上中下』(同 2011)を出版、『長門本平家物語の総合研究 論究篇』(同 2000)は、初めて長門本に特化した論文集でした。

麻原さんは、延慶本古態説が一世を風靡、「延慶本に拠らずんば平家研究に非ず」といった風潮が固定化するのを案じて「延慶本を相対化しなくては」と漏らされました。永らく国書刊行会翻刻しかなかった長門本も、ようやく現代の翻刻水準のテキスト(4冊本『長門本平家物語』がいま広く使われている)を得たのです。

底本は国会図書館貴重書本で、宮内庁書陵部大型本、明治大学本、内閣文庫明和六年本と校合した、と凡例にあります。かつての突然の電話取材をもとに、善本を選定したのでしょうが、じつは善本の判定は簡単ではない。村上光徳さんはまた別の評価をしていたようでしたが、詳しく書き残されないままになりました。私との間でも、明治大学本が毛利藩の正本であったかどうかには、いま一つ不審が残る、という話をしたものです。

その後も長門本の伝本は複数発見され、幕末の志士の所持本や、行方不明だった山口大学本の巻1,2が市場に出たりもしました。私がいまの眼で見直すと、「公的写本」と命名したような書写でありながら造本は私的なかたちの伝本が、結構あちこちから見つかります。近世の国学者や読み本作家たちも、長門本に興味を持つ者が多かったらしい。長門本の伝本研究は、今もなお完了した状態ではありません。