長明と遷都

午後から、Zoomで東大中世文学研究会例会に参加しました。発表は村瀬空さんの「寛喜四年三月『日吉社撰歌合』考―藤原為家と「撰歌」―」、木下華子さんの「『方丈記』の「都遷り」について―遷都の表現史から―」の2本、参加者は約20名でした。

和歌は専門外なので1本目は感心して聞くだけでしたが、捉えどころの難しい為家に何とか食い下がろうとしていることがよく分かり、源家長の撰外歌と採択された歌との比較が面白かったのですが、「実情性」という語の内容には未だ不安を覚えました。

木下さんの発表は、方丈記のいわゆる五大災厄記事の中、福原遷都について、単なる事実ばなれの指摘に留まらず、表現形成の和歌的背景を辿り、後の紀行文学に通じる視野を見いだそうとしたもの。遷都については他の災厄記事と違って、記録類とは重ならない叙述になっていることが以前から指摘されていましたが、大福光寺本の独自本文の背後には万葉歌を始めとする遷都詠の積層があることを丹念に論じました。それらの歌群は、都人たちの移動と旧都の荒廃を歌うのが通例になっており、荒れたる古京と不変の自然を対照させることが多い。方丈記も同様で、これらの災厄を「世の不思議」とし、事実に意味づけせず、因果律からは解放して記述している、それは羈旅歌に共通する視点でもある、というのです(9月17日の説話文学会で聴くことができます)。

発表後の質疑応答も相互に議論が成り立つ、活発なものでした。辻風には「サルベキモノノサトシカ」という評言がついているのをどう考えるか、長明にとって賀茂大明神に護られた平安京が捨て去られることには、特別な感慨があったのではないか、長明は類聚古集をどの程度自家薬籠中のものとしていたのか等々。改めて日本古典文学の生成に占める和歌の重み、その研究に国歌大観DBがどれだけ貢献しているかを認識しました。