歴史人の直筆

田代圭一さんの『人と書とⅢ 歴史人の直筆』(新典社)を読みました。田代さんは宮内庁書陵部に勤め、高校時代から書を趣味として来たそうで、本書は同題の3冊目。月刊誌「三顧亭 書法芸術」への連載をもとに、歴史上著名な人物合計45人の書を鑑賞する手引きとして編まれています。

田代さんは、書を観る時にはまず紙の白と墨の黒のバランスを楽しみ、次いで注目すべき要素としては①用途②書体③書式④字形⑤線質などがあり、それには用具・用材、書き手の技術、書き手の個性や心境が関わってくることを意識して観ると理解が深まる、と言っています。これは写本調査に際しても留意すべき点でしょう。

取り上げた資料はいずれも宮内庁所管で、図版に翻字、寸法、資料解説と書き手の略伝が併記され、参考文献がきちんと挙げられ、読みにくい固有名詞にはルビが付いています。冒頭は大江広元の元暦2年(1185)書状で、私はちょうど上杉和彦さんの『大江広元』(吉川弘文館 2005)を読んでいたところだったので、興味深く眺めました。上杉さんによれば、文治4年(1188)頃には、急な場合の御教書には頼朝の花押がなくとも広元もしくは平盛時の花押があればよいことになっていて、鎌倉幕府内で広元の書跡には特別の権威が与えられていたとのこと。

本書には俊成の日野切や貞敦親王の「看聞日記抜書」、烏丸光広新井白石本居宣長、賴山陽を初め天皇や有栖川家の親王たちの書が載っています。中でも「五箇条御誓文」の下書と清書や、木戸孝允の書簡に、寺田屋で手指を傷つけられながら書いた坂本龍馬の裏書などは、歴史の証跡として読んでも興味深いでしょう。田代さんは有栖川御流を中心に『入木道関係資料集成』刊行の準備をしているそうで、待望されます。