夕霧の恋

植木朝子さんの論文をまとめ読みしました。①「猿楽的世界の魅力―夕霧の恋の喜劇性」(『源氏物語を開く』2021/3 武蔵野書院)、②「能「羊をめぐる一考察―羊のイメージに注目して―」(「同志社国文学」92 2020)、③「『梁塵秘抄法華経二十八品歌と釈教歌、経旨絵(その6)」(「文化学年報」69 2020)、④狂言と歌謡(「能と狂言」17 2020)です。植木さんは若い時から多作な研究者ですが、激職にありながら、博識の論考を途切れなく出して行けるのは蓄積があるからだと感服しました。

④は掲載誌の「固定化以前の狂言」というテーマ設定に沿って、取りこまれた歌謡の詞章を通して狂言の面白さを考える試み、③は2012年から同じ雑誌に連載してきたもの。『梁塵秘抄』の法華経二十八品歌と、同じ題材を扱う絵画や和歌との比較の解説で、図版などを加えてまとめられるのが楽しみです。③は16世紀には上演されていた廃曲「羊」について、影響を与えた狂言「鶏猫」と「牛盗人」などを含めて考察していて面白く、意外な知識も得られました。

①は「専門を異にする国文学研究者による論考54編」と銘打った企画編集の1篇。堅物に育てられた夕霧が、幼なじみの妻雲居雁がありながら、旧友の未亡人落葉宮に恋をします。その経緯を描く「夕霧」巻は自然描写が絶妙で、私は大好きな巻でしたが、研究者の間では夕霧の恋のちぐはぐさ、滑稽さが指摘され、植木さんはその点を歌謡や猿楽との共通性という観点から強調しています。

源氏物語第二部から第三部にかけては、「人から人へ架け渡す橋はない」と言わんばかりに、殊に女心を理解できない男の恋が浮き彫りになっています。その中で夕霧の恋は、父光源氏の裏焼き写真の役割を果たしている。また源氏物語を読み返したくなりました。