中近世移行期の文化と古活字版

高木浩明さんの『中近世移行期の文化と古活字版』(勉誠出版 2020)という本が出ました。1下村本『平家物語』とその周辺 2「嵯峨本」の世界 3古活字版をめぐる場と人々 という3部構成になっており、27年間に亘る古活字版の書誌調査を通して、書名通り、古活字版が作られる環境を描き出しています。書誌データや図版もたくさん入っていて、有益です。全870頁、手に取る方はまず17頁にも及ぶ「はじめに」から読むことを、お勧めします。

「あとがき」にも書かれているように、『平家物語』一方系本文が固定化に至る過程の研究は遅れており、下村本は、中でも流布が広かった本文と見込まれます。高木さんは精力的に下村本の書誌調査に取り組み、そこから嵯峨本や他の古活字版、それらの制作環境へと視野が開けていき、この道の巨人川瀬一馬氏の後を追いながらさらに越えていこうと決意したのでした。

私には、第1部の下村本・覚一本・源平盛衰記の古活字版研究に教えられること多く、書誌学の奥深さに襟を正すと共に、第3部の中院通勝や角倉素庵、林羅山らの人脈に興味を惹かれました。漢文系の古活字版に付訓がないのは、各人の訓読を書き込むためでもあった、とか、活字は差し替えが簡単にできるので、異植字版制作や切り貼りによる校訂が行われ、殆ど写本のような異同が生じることなど、膝を打つ思いです。第3部第8章の「本文は刊行者によって作られる」は、私が今抱えている課題でも思い当たる節があって、いろいろ考えさせられました。

推理小説を読むような面白さも(危険も)あるのが文献学。できれば「はじめに」のような分かりやすい文章の新書判で、中近世移行期の出版と知識人の話を書いてみては。