時代遅れのロックバンド

昨夜、食後に半ばうつらうつらしながら、Nスペ「音楽でたどる沖縄50年」という番組を視ました。目が覚めました。知らなかった!この頃、現代史のドキュメントを視てそう驚くことが多くなりました。同時代の渦中を歩んでいると見えなかったこと、点でしか無かったことどもが線で繋がり、さらにその背後の面が浮かび上がってくるのです。

沖縄のコザでロックを歌って生計を立ててきた老歌手が、米兵から麦酒瓶を投げつけられ、今でも頭に傷が残っている、と話しました。下手くそ、と罵られれば命に関わる、必死で海外の曲コピーを練習し、腕を磨いた、と言っていました。ベトナム戦争の最中、米兵も気が立っていた頃のことです。それ以前にはジャズ、その後には島唄の大ヒット、芸能人スクールが次々10代のタレントを送り出し、そして今、ラップの流行―それらがすっと線で繋がり、沖縄が発信元である必然性が呑み込めました。USAを連呼したダンスグループが沖縄出身だということも、恥ずかしながら初めて知りました。

先日は彩色版「映像の世紀」で、ロックがプラハの春のきっかけになった挿話を知り、何故ロックがあんなに思想性を誇るのかが、ようやく納得できました(これまで「小声なら愚痴、叫べばロック」という皮肉に、かなり同感だった)。今朝、新聞の全面広告を見て、YouTubeで「時代遅れのRock'n'Roll Band」を視聴してみました。歌詞の一部にふと、涙ぐんでしまいました(老人性感情失禁かもしれません)。

子供の命を全力で 大人が守ること それが自由という名の誇りさ

No More No War 悲しみの 黒い雲が地球を覆うけど

力の弱い者が 夢見ることさえ 拒むと言うのか(桑田佳祐作詞)。

誰もが、今、ここでできることをして、加速する悪魔の歯車を止めたい。1日も早く。