平家物語の表現世界

原田敦史さんの『平家物語の表現世界ー諸本の生成と流動』(東京女子大学学会研究叢書 花鳥社発売  2022)を読みました。2冊目の著書とは早いな、と思いましたが、前著から10年目、論文を書くのが楽しい、とあとがきで公言する、仕事盛りです。

2013年から22年までに書いた20本の論文を、1読み本系『平家物語』論 2語り本系『平家物語』論 3『保元物語』『平治物語』『承久記』 という章を立てて収めていますが、一貫して「作品の本文そのものと向き合う」、つまり各諸本の本文を読みぬき、その整合性、独自性に注目して問題を立てる方法を執っています。その読みは、よく知られた場面からも新たな視点を掘り起こし、奇抜でなく納得のいく理解を差し出してくる、英明なものです。久々に、読んで愉しい、軍記の作品論(以前は今井正之助さんの論がそうだった)。その点で、学校現場の方々にもお奨めの書です(例えば2-10の「忠度最期」「義仲最期」の読みなど、教室で議論しては如何)。

私が特に注目したのは2-2,3,4、5など語り本系の成立に関わる力作と、承久記に関する一連の論、殊に3-5の流布本承久記と六代勝事記の関係から歴史叙述の姿勢を問う試みでした。今後の議論、検証が必要でも有意義でもある、と思えるからです。

流動性本文の「読み」による考察は常に、果たしてそれは意図されたものだったか、という疑問に随伴されます。本書各章の魅力的な結論はこれから大いに議論され、異見が出されて欲しいと思います。勿論、著者本人の再考、検証も続けられて欲しい。それがこれからの軍記物語研究を活性化させる、本道になっていくでしょう。

本書の美点は、各論文がほどよい長さであること、先行研究を読みこなし、それぞれの最も核心部分を衝いていることです。それは近年の研究状況への批判にもなっています。