諸本論と語句分析

城阪早紀さんの『語句分析から『覚一本平家物語』と『延慶本平家物語』の相違を考える』(科研報告書20k21999 2022/3)と「『屋代本平家物語』巻一自立語索引」(「同志社国文学97 2022/12)を見ました。軍記物語諸本論の方法をどうにか客観的なものにしたい、敢えて言えば数値化できるものにしたい、という気持ちが最近の若手研究の底流にあるようなのですが、城阪さんの試みは、それを表現論・構想論に結びつくものにしたい、との思いからと見受けました。

前者は覚一本と延慶本について、両本の性格の相違が浮かび上がるように、特徴的と思われる350語句の一部の用例を対照した表を27本掲げたものです。例えば「あさまし」「うたてし」「理」「縁」「天」とその関連語、「不思議」「仏法」「謀叛」「王法」など。延慶本はそもそも記述量が多く、自立語の延べ語数は覚一本の1.68倍なのだそうで、用例数を比較する際はその差を考慮しなければなりません。

後者は、語り本系平家物語の1つ屋代本の自立語索引製作を目指して、巻1のみを試作したもの。屋代本はかつては古態本として注目されましたが、その後、応永頃書写の八坂系(断絶平家型)の本文と位置づけられたままになっています(一部平家の台本、という説は何の根拠もありません)。八坂系本文がどれだけ古態を残しているか、読み本系本文とどう関わってきたか、は諸本論と成立論の交差する重要な地点ですが、まずは語彙索引を作って、混態の様相を検証可能にしようということでしょうか。

コーパスが普及し、本文の電子化によって索引作りが容易(そう)に見えてきた昨今、延慶本、長門本、覚一本には索引ができ、あとぜひ欲しいのは源平盛衰記と真名本(近世の研究者からは流布本も)です。その先駆けになってくれるか、期待しています。