回想的長門本平家物語研究史(4)

日本史専門の友人から、高橋貞一氏が軍記物語研究者だとは知らなかったので、という問い合わせが来て、愕然。もうそういう時代なのか!と改めて知り、この項を書いています。私が卒論で平家物語に取り組む決心をした頃(1965年)、平家物語諸本論に関する出発点は、山田孝雄平家物語考』、渥美かをる『平家物語の基礎的研究』、そして高橋貞一『平家物語諸本の研究』(富山房 1943)の3冊でした。高橋氏は1912年の生まれですから、本書は30代早々に書かれたことになります。

本書は付録として保元物語平治物語諸本の研究も付していて、永積安明氏以前の貴重な諸本分類であり、未刊国文資料として1959年に半井本保元、1960年に九条家平治が出され、新古典大系が出るまでは古態本文(但し高橋氏は金刀比羅本を古態とする)として使いました。同叢書からは中院本平家物語も出て、私たちの共同研究が『校訂中院本平家物語』(三弥井書店 2011)を出すまでは唯一、八坂系一類本文全巻の翻刻でした。

高橋氏の八坂系諸本の分類は、現在の分類法と大きくは違っていません。現在の諸本研究があまり高橋氏の研究を引用しない理由は、何が古態かという判断が今の通説とは逆になっているためで、それは氏の基準が、整ったものが基で後出本文は次第に崩れていくという考えに依っているからです。それゆえ語り本系が先、いわゆる読み本系は「増補せられたる諸本」となり、語り本系の中でも覚一本が古態、となっています。長門本については四部合戦状本との関係に注目しているのですが、現在の研究者には共有されていません(読み本系諸本は相互に密接な関係が見出せるので、2点間計測には注意が必要)。

若い頃、陽明文庫へ恐る恐る調査に行き、名和さんから団扇で煽がれながら、この長門本は高橋先生も御覧になりました、と言われて、汗が噴き出したことを思い出します。