延慶本注釈の会編『延慶本平家物語全注釈』(汲古書院)が完結しました。1996年4月から、輪読会方式で作った注釈稿を、佐伯真一さんが中心になってまとめたものです。実に23年に亘って行われた集団作業で、参加した人たちは、入れ替わりがあるものの延べ50人は下らないでしょう。新刊の第12冊は、堅牢な造本の総頁720。延慶本巻12の見返しから始め、章段ごとに本文・本文注・釈文・注解を付し、巻末に引用研究文献一覧を掲げています。
四半世紀に近い間には、延慶本の評価は何度も揺れがありました。古態本として、絶対的なテキストであるかのように仰ぎ見られた時期から、書写の実態により語り本系本文との混態現象が指摘され、兄弟関係にある長門本や、先後関係未定の源平盛衰記とそれに近い断簡についての研究も進み、延慶本もまた諸本の中のひとつ、として客観的に位置づける条件が整いつつあります(にも拘わらず、歴史学者や軍記物語研究者が、新しい1歩を踏み出していないのが現状)。例えば本書の凡例には「本来の六巻構成」という言が第1冊から引き継がれていますが、この点も再検討が必要かもしれません。
延慶本を初めとする読み本系平家物語は、説話文学など他のジャンルからも研究が参入されて然るべきですが、なかなかきっかけがありませんでした。中世文学会創立30周年記念(1985年)に、友人から「諸本研究の鍵を握る位置に置かれたようにみえる延慶本にすら注釈はない」「研究者の姿勢の問題もあるのではないか」と書かれて、貴方がやるなら手伝ってやるよ、と喧嘩を売ったこともありました。
注釈作業から見えてきたことは、いろいろあるはず。来春発行の軍記物語講座第2巻には、これまでとは違う角度からの新見が書かれることを、熱く期待しています。