祭りの世界

中野英治さんの『『平家物語』と祭りの世界』(岩田書院 2020/12)という写真集が出ました。『平家物語』のストーリーにまつわる各地の祭や郷土芸能の写真集です。堅牢な造本で、写真がとても美しく、祭に関わる人々、特に子供の表情がよく撮れています。贅沢な本ですが手の届く定価で、コロナによる鬱屈を慰められます。

中野さんは下関出身、山岳写真が趣味だったそうですが、定年後、260箇所以上の各地の祭礼を撮り続け、個人サイトもあるらしい。https://sinjinsyaraku.jimdo.com/

本書は平家伝説(必ずしも『平家物語』が典拠ではないものも含む)に関連する画像が中心ですが、博多の祇園山笠、赤間神宮の先帝祭、和布刈神社の神事など下関・九州地区の有名な行事も活写されています。父祖の地が博多でもあり、長門本の調査で度々赤間神宮を訪れた私にとっては、懐かしい画面が一杯でした。殊に実盛虫送り行事の写真には興味を惹かれました。

軍記物語の生成と民俗や芸能の関係が注目されていた昭和期には、軍記物語研究者は郷土芸能や在地伝承にも関心を持ち、私も院生時代に徳丸北野神社の田遊び神事を観に行ったりしたし、金井清光さんが題目立について中世文学会で発表したのも覚えています。本書によれば、年々これらの催しの継承が難しくなる一方、復元された行事もあるようです。

日本人の心奥には、源平合戦の逸話が深く根づいている事実を、つくづく考えさせられました。それは文学作品としての『平家物語』をはみ出し、膨大なストーリーとして日本の山河に蓄積されてきたものです。例えば夏椿を沙羅の木に「代用」したのが『平家物語』だったという説明(p118)は誤りではありますが、各地の寺院がこの花にこと寄せて、諸行無常を日常の問題として語ってきた名残りとも言えましょうか。