信濃国の歌

新聞の日曜版に、長野県の県歌の話が載っていました。長野県歌「信濃の国」は、冬季五輪の入場行進曲にも使われました。県民の9割超が歌えるというアンケート結果に、1割も歌えない人間がいるのか!との慨嘆があったそうで、長野出身の友人も、この歌への思い入れは格別でした。1948年に南北分県(長野は南信北信で文化が違う)案が出た時、また1953年に浅間山麓米軍演習地誘致案が出た時、ひとりでにこの歌の大合唱が始まって、県民の一致団結が全てを決した、という話も聞かされました。

今でも、選挙に勝利した万歳三唱の後にはこの歌の大合唱になるそうですし、長野出身者に(どんな場ででも)「信濃国の歌、歌えるか」と訊くと、きっ、となります。1900年、県の地理歴史を採り入れた教材として、師範学校から広まったことは、初めて知りました。さすが教育立県の長野。私は湘南育ちですが、神奈川県歌があるのかどうかも知りません。まして都歌なんて(あるのでしょうが)、聞いた記憶もない。

現役の大学教員だった頃、卒論指導をした男子学生が、大手スーパーに就職が決まり、級友2名と共に挨拶に来ました(以前は当たり前のことでしたが、近年はこういう挨拶に来る学生は珍しくなりました)。彼は部活は野球部、卒論も堅実な、いいものでした。在学時から、これからは流通だ、と考えて、スーパーでアルバイトをし、人脈を作ったそうです。初任地が松本だと言うので、信濃国の歌が歌えないといけないよ、という話をしました。他の2名はただ笑っていましたが、彼は真剣な顔で聞き、すぐCDを買います、と言っていました。

今頃、どうしているでしょう。新人歓迎会で堂々合唱し、一気に融け込んだに違いありません。卒論指導よりこの助言の方が、彼には「恩師」の言になったかも。